第38話 拗すぎ

 何をするか。それは単純に拗ねる態度に一発食らわせるだけだ。そっと気配を消して近寄る。早乙女さんは俺に足を向けて、ベッドの横から寝ているので、枕を取ったことに気づかない。


 我ながらこんなに忍び寄るのが上手いとは、正直隠密行動の可能性を感じた。そして、藍色の枕カバーを掴み、日々愛用させてもらっているそれを両手で優しく持ち、ゆっくりと早乙女さんの頭部に目がけて振り下ろした。


 「うっ!……」


 「拗ねるな。どうしたら良いのか分からなくなるから」


 女子と喧嘩なんてしたことないし、拗ねられたこともない。だから未経験のこの状況をどう乗り切りるか、俺には的確な答えがなかった。ただムカついた感情に任せて体を動かしたが、これで正解であってくれと神頼みしか出来ないのが恥ずかしくも面白い。


 「拗ねてない」


 しかし、それでも早乙女さんは変わらずうつ伏せのまま。モゴモゴした喋り方も一切変わらない。


 「なら何をしてるんだよ」


 「知らない」


 更にムカついた。が、逆にもう何をしようとも思わなくなった。少しぐらい構えば機嫌を戻すかと思われたが、そんなこともなかったらしい。幽はいつもゲームとか話し相手になるだけで機嫌を戻すが、早乙女さんは全くそうはいかないらしい。


 「ならもういい。早乙女さんに構わないから俺にも構わないでくれよ?いきなりヘッドホン外されるとびっくりするから、寝るならそこで寝ていいし、戻るなら黙って戻ってくれ」


 呆れたといえば正解だ。でも、不快感はない。これはまだ早乙女さんを知る段階だから、ここからこれが続くなら嫌いになっても、弁えてくれるなら別だ。


 起動されたパソコンの方へ向き直し、再びヘッドホンを装着する。まだ寝る時間でもないし、だからといって幽とゲームもしない。ならばすることは、アニメを見ることか、動画配信サービスで何かしらの動画や映画を見るか。


 起動したからにはパソコンを使いたい。漫画とかラノベを読むのは、電源を落とすのが面倒だからまた今度。今はゆっくりと読めなさそうな雰囲気だし。


 そして起動完了と同時に気配を感じた。いや、パソコンに映ったから気づいた。パソコンは1度、一瞬でも画面が一色に統一される時がある。動画配信サービスなんて特に、黒や藍色など分かりやすい色で。


 「……何?俺、実写でホラーゲームでもさせられてるのか?」


 何回繰り返すだろう。ヘッドホンを飽き飽きしながら取る。映った瞬間、背後に早乙女さんだとしても人が立っていることが、結構恐怖だった。


 「本当に何がしたいのか分からないから、拗ねておかしくなったなら治るまで構うぞ?」


 「別にいいよ。ただ、いつもの七夕くんはどんな動画を見るのか気になってるだけだから」


 「……なるほど?」


 完全に拗ねている。どんなに疎い俺でもそれだけは分かる。けど、何故そこまで頑なに認めないのかは一切分からない。女子の気持ちを俺のような日陰の人間が容易に掴めるとは思わないが、それでも全く掴めないのは強敵すぎる。


 「もしかして、彼氏さんと何かあったとか?」


 可能性がありそうだったから聞いた。俺の思い返す記憶の中に、それ以外の可能性はとても低かったから。もしかしたら拗ねてる対象が違うのかと期待して。


 「それは全然違うよ」


 「なら、俺が構わないことが問題ってしか答えがないんだけど」


 「それは……」


 「意外と素直じゃないのか?ツンデレ?いや、ツンツンか」


 言葉に詰まる様子から、どうやら図星らしい。両手でゆっくりと服を握ると、下唇を噛んで目線を逸らした。


 「後戻り出来ないほど拗ねたなら、それをネタにするから、いつまでも拗ねてなくていいんだぞ?そういうキャラなら別だけど」


 「キャラとかそういうのじゃない」


 「ならゲームも動画も見ないから、思う存分話すか」


 「私は七夕くんの好きな動画を見たいの」


 「それはマジなのかよ。でも、俺はもうパソコンの電源を落とした」


 ノールック片手で電源を落とせるほど、俺は扱いに慣れてしまった。だから話しながらも、右手だけを後ろに向けてマウスとキーボードを交互に扱って落とした。


 「だから残念だけど、俺と話すしか出来ません」


 「……なら、話すけど」


 脱力してベッドに腰を勢いよく下ろす。ギシッとも言わないのが、勢いに反してその体躯の軽さを表していた。やっと素直になって、いつもの早乙女さんへと戻り始めた。良かったと思うと同時に、素直にならない女子の対応が、俺には難しすぎて早く仲良くなりたいと、より強く思うようになった。


 「それで?実際どうなんだ?拗ねてたのか拗ねてないのか」


 「それは……分かんない」


 「じゃ、拗ねてたってことで」


 「なんで!」


 「素直じゃないからだな。まだ、素直になれないの恥ずかちぃー、なんて思って素直になれないのは分かってるけど、それが原因で拗ねてるのがバレてるぞ」


 始めてしまえば止まらない。それが恥ずかしいことでも同じだ。だから後悔しても、自分のその素直じゃない性格として振る舞う今を続けなければならない。羞恥心は微妙な距離感の相手にこそ、その力を発揮する。今の俺たちには効果抜群というわけだ。


 「まぁ、いつまでもこの話するのも嫌だろうから、答えも知れたことだし、違う話題に移ろうか」

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