第37話 心は子供

 「ただいま」


 幽との徘徊を終えて帰宅した俺は、リビングに戻って父と可奈美さんに帰宅を知らせた。早乙女さんの姿はなく、部屋に籠もって何かしらしてるだろうと、そこまで気にすることはなかった。


 食事を済ませて出るので、もう入浴を済ませれば就寝だけの時間となる。幽とのゲームは今日は無しと言うことで決めているので、久しぶりにゆっくりと疲れを取るためにベッドの上でゴロゴロ出来る。


 と、思えたのは何日前だろうか。すぐに思い出せないほどの月日が経ったわけでもないが、最近風呂から上がれば、徘徊から帰れば、俺の部屋に早乙女さんが居る。慣れない環境にも、段々と適応し始めた。


 「……お風呂行くから、何かあるならもう少し待っててくれ」


 ベッドに倒れる早乙女さんの背中に言って、反応を聞かずに風呂へ向かった。部屋に入ってから一切目を合わせなかったのは、俺が意図して早乙女さんのお風呂中に徘徊に行くことがバレてるからだと、我ながら鋭く理解した。


 いつもより5分早く風呂を上がり、待たせ続けるのも悪くないからと急いだ。部屋に戻ると、ほぼ変わらない態勢で伏した早乙女さんが居る。


 「ただいま」


 場所は違うが2回目の知らせは違和感はなかった。だが、返事が返ってこないことには違和感があった。いつもならどんな気分でも、それに合わせて「おかえり」と返すのに。


 そっと近づき、変なことをされないだろう所まで寄る。


 「早乙女さん?」


 「…………」


 やはり変だった。だから、何かされた時用に、やっぱりな、という準備をしてその相好を拝もうとした。そして見えたのは、瞼を閉じて静かに呼吸を続けるとこだった。


 「だからか」


 毛布に包まらず、体を横にしてスヤスヤと。寒くも暑くもない季節でも、ショートパンツに薄着1枚くらいの服装。露出は多い。特に足なんて7割は肌が見えている。


 「ごゆっくり」


 無理に起こすのも悪いと思い、俺は今にもずり落ちそうな毛布を手に取って、体全体を覆うようにかけた。そして静かに動いて椅子に座った。ヘッドホンをすれば音は漏れないだろうし、騒ぐこともないから起こさないと思ってパソコンを起動する。


 しかしその時だった。


 「おかえり」


 「!?」


 ヘッドホンを外されて、右耳にゼロ距離で囁かれた。即座に体をビクつかせると、一瞬で落ち着きを取り戻した。


 「……最悪だ。寝たフリしてたのか?」


 「あっははは。そうだよ。私が寝てたらどういう反応をするのかって気になっちゃって」


 夜だというのに、少し大きめの声で笑う。満足そうに、俺が予想通りの反応をしたことで楽しそうに。この笑顔を見ると、別にいいか、なんて思ってしまうが、止めてもらいたいとも思う。


 「普通に驚く。演技が上手すぎて騙されたし」


 「それはありがとう」


 「何のために驚かせたんだよ」


 パソコンはそのままに、ベッドに座り直した早乙女さんの方を向く。


 「暇だったから、その結果こうなった」


 「ホント、心臓に悪いな」


 毎日暇だったからという理由で脅かされ続けたら、きっと日常生活にも影響が出る。なにもないことで驚いたり、疑心暗鬼で落ち着かなくなったり。怖いのが苦手な俺だから、余計にそういうのは止めてもらいたいものだ。


 「これは自業自得でもあるんだからね?私に構わない七夕くんにも問題があるんだから」


 「徘徊に行くなってことか?」


 「回数減らすとか、私を連れて行くとかしてほしい。いつもお風呂入ってる時に行くから、嫌われてるのかと思うし」


 「……それは悪かった」


 「私は我儘で、七夕くんは家族だから遠慮はしないよ」


 「別に我儘とは思わないけどな。でも、徘徊に早乙女さんを連れて行くのは難しいかな。それなら家で2人で話すし、1人の時間も欲しいから」


 徘徊の理由は何度も言うように1人で何も考えずにゆっくりと過ごしたいから。だからその時間を誰かと共有するのはそんなに好きではない。奇跡的に幽と会えば話す流れになるが、それが時々だから良いのであって、毎回は困る。


 「えぇ、そう言うくせに霊となら良いんでしょ?」


 「幽とはたまたま会うだけだから良いんだ。毎回会ってるわけじゃない」


 「じゃ、今日は?」


 「会ったけど、元々会う予定だったから最初から目的が違ったんだ」


 「ほらー。夜に会って2人だけで話すって、私よりも優先されてる気がして元気なくすんですけど」


 そう思われても仕方ない。これは早乙女さんのために会ってることだから、どうしても言えない。


 バタンと背をベッドにつけるよう倒して、文字通り元気をなくした。両手両足をパタパタとして子供のように拗ねる。何が早乙女さんをそうさせるのかあまり分からないが、少なくとも俺の接し方が悪いのだとは分かる。


 「なら、一緒に歩くか?」


 「いい」


 女子の気持ちを掴むのは難しい。


 「俺が幽を優先してるのが嫌なのか?」


 「知らない」


 「子供かよ……」


 見た目は高校生でも、発言は誰が聞いても小学生。自分の好きなことを邪魔されたりした時の拗ね方。可愛いで済まされない次元の話だ。


 「悪かったよ。早乙女さんが仲を深めようとしてるのに、それに応えないように動いて」


 「いい」


 「…………」


 ちょっとムカついた。何を言ってもダメだから、俺は気づけば椅子から立って、うつ伏せの早乙女さんに気付かれないように近づいていた。

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