第39話 お願い

 早乙女さんが拗ねてないと言うのなら、もうそれを信じるしかないだろうけど、俺の中に確信があるからどうしても揺るがなかった。だからここは、それに気づかないふりをして続けるとする。


 それに、俺には少し聞きたいこともあったから。


 「これといって話題を考えて出せるほど万能じゃないから、気になることを聞くだけになるけど、彼氏さんとは上手くいってるのか?」


 彼氏さん――八尋隼也先輩のことだ。噂が尾びれつけて歩き回ってるのなら、それはそれで今すぐに解決するべき問題。しかし、信頼する人の情報では全貌が掴めない人であるため、その上で性格も良くないと言われているのだから、間違いの線は薄い。


 「何?私の恋愛に興味あるの?」


 心底不思議そうに聞いてくる。


 「最近は色んな意味で結構ある。彼氏さんと何かあったのかと思ってから、上手くいってるのかが気になっただけ。本当のことを言えば、早乙女さんが近づく度に思ってることだけどな」


 「私のこと気にしてるってこと?」


 「そういうことでもあるな。家族だし、大切な人だから」


 「……そう……なんだね。なんか嬉しい。えへへ……」


 ちょろい。本当にちょろい。出会ってから思うことだが、こうして拗ねた時の面倒さは人並み以上でも、代わりに機嫌が戻る速さも人並み以上。少し嬉しいことがあれば、機嫌なんて元通り。これは彼氏さんに振り回されても気づかないだろうと、少し可哀想に思う。


 気にされてないことを気にしていたなら可愛いものだ。幽と会っていたことにも拗ねているようだったが、親友との関係に文句を言うほど拗ねられたらどうしようもないから。


 「八尋先輩とは普通だよ。悪くないし、登校くらいしか会えないけど、楽しく喋れてるから」


 微笑んでたのがバレたか、ハッとしたように答える。


 登校くらい……。下校は違うってことなら、怪しいと思ってるとこにピンポイントで嵌るな。


 「それは良かった。彼氏さんと何かあってその不満をぶつけられたら、流石に一人暮らし始めるところだからな」


 「そう?だったら一人暮らし始めさせようか?そして私もそこに住んであげる」


 「意味ないし、不満あるのかよ」


 「んー、一応不満だね。登校でしか会えないから、休日とか下校とか、そういう自由気ままに遊べる時間が欲しいかな」


 「よし、父さんに一人暮らしの申請してくる」


 なんて言ってるけど、内心予想外のことにドキッとしてから動悸が凄い。その会えない時間は別の人と……なんてことが過る。


 こういうとこは素直だから、普通に受け止める。恋愛で埋め尽くされたからではなく、元々早乙女さんはなんでも信じる天然のようなとこが入ってる。だから、どうしてもそこが抜けない限り、疑うことをしないのだ。


 「付いて行くからね?家族として生活は共にすべきだよ」


 「なら家族への負担も考えてくれ」


 「善処します」


 全く誠意の伝わらない、やる気のないガッツポーズ。徐々に戻ってきてるようでなによりだが。


 「早乙女さんにも不満はあったんだな」


 「少しだけだけどね。私が我儘なだけだけど」


 「そうか?好きな人となら登校だけじゃ物足りないって思うのは普通だと思うけどな」


 「おっ、恋愛分かるようになってきたの?


 「全く。でも、お互い好きってことは幸せってことだろ?それで言うなら俺も幽と……あっ」


 親友の名前を出すと脳が決めた瞬間に、俺の脳は同時にその視線を捉えた。だから結果的に伝達の時間が噛み合って、名前を口に出して止めた。


 そこには若干頬を膨らませて、目を細める早乙女さんが居た。


 「まーた霊が出てくる。私と話ししてるのに、必ず1回は出てくるよね」


 「すみません」


 「いいけどね」


 全く許されてる気はしない。「いいけどね」の言い方なんて呆れ果てていた。思ったことをすぐ態度に出すから、我慢を覚えてくれたら助かる。


 「とにかく、幸せを求めることに遠慮は必要ないと思うってだけ言っとく」


 「なら、私がこれから七夕くんに近寄っても、幸せを求めてるからって言えばいいの?」


 「それとこれとは別だろ。彼氏さんには良いけど、俺にはダメだ」


 「なんで?何回も言うよ?家族だから良いんだって」


 「でも…………」


 口答えするなと言う目で睨まれる。絶対王政のようで、我儘だったり拗ねるだったり絶対王政だったり、早乙女さんは女王様の気質がある。


 「……分かった。でも、そんなに近づき過ぎるのは止めてくれ。女子に対して耐性がないから」


 「ホント?やったね」


 自分で言わせておいて、俺が自ら言ったかのような喜び方。詐欺師のそれだ。


 「じゃ、早速ー」


 「んっ!?」


 はぁぁ、とため息を吐こうと下を見た瞬間だった。柔らかな彼女の腕が、俺の首に目の前から迫った。そして気づけばそこは、既に早乙女さんの腕の中であり胸の前だった。


 「私ね、こうして弟を抱きしめたかったの」


 「……左様ですか、姉さん」


 「あっ、言ってくれた!姉さんだって!響きいいねぇ」


 強めに抱きつかれながらも、俺は不思議と平常心を保てていた。頬は赤くなるけど、狼狽はしないし、意外と俺自身も受け入れてることに良いことだと思っていた。


 「そろそろ離れてくれ。家族だとしても長い時間抱きしめられるのは慣れてないから」


 「んー、弟のお願いなら仕方ないね」


 そう言って文句を言わずに離れた。

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