第26話 きっと好きにはならない

 なんてことを考えながら、俺らは自販機の前に来た。そこで500円硬貨を入れ、緑に光るはずの購入可能の合図が点灯する前に、高速な指使いでカフェオレを押す幽。動体視力は良いらしいが、ここでそれを披露しなくても、なんて思ってしまう。


 「幽霊でもカフェオレは飲むんだな。脅かし続けると喉乾くのか?」


 人の名前である幽霊と、恐れられる幽霊のイントネーションが同じであるため、若干ややこしい。だから少しでも分かりやすく、人の名前をフルネームで言う時は、幽と霊の間に間を開ける。今のは普通に恐れられる幽霊だ。


 「結構忙しいからね。勤務時間が20時から4時までの休み無しで、夜起きてる人に脅かしに行くって内容だから、こういう休憩は助かる」


 「んで、朝から昼間は学校。自由がないな」


 「それが幽霊だから。アルバイトしてみる?条件は1度黄泉の世界に行くことだけだよ」


 「帰って来れなくなるから遠慮する。お金にも困ってないしな」


 「楽しいのに」


 これを本気で言って誘ってるなら、きっと無抵抗で俺は連れ去られるだろう。黄泉の世界には少し興味はあるが、それは幽がいるからであって、この世界に幽がいるなら、別に行きたいとは思わない。何よりも死んでしまっては、やり残したこともあるから、後悔残して死にたくもない。


 こんな冗談も、幽と翔の前以外では言わないし見せない。受け入れて、その上で楽しく会話が続けられる関係を築ける人だけにしか見せない。だから、2人以外のクラスメートが見たならば、きっと驚きだろうな。早乙女さんは……まだ分からないけれど。


 そんな、驚かない唯一の異性は、隣で冷たいカフェオレを小さな口で飲み始め、幸せそうに胃へ運ぶ様子を、月光の下で輝かせている。夜道のサポートをする街灯が、こんなに必要ないと思うほどの月夜は、夏らしさを感じられていい。


 「それにしても、澪が風帆くんの家族か。今更この話もどうかと思うけど、羨ましいね」


 「そうか?」


 「だって毎日ゲーム出来て、暇な時はいつでも話せるんだよ?それに不満のない生活として、家族になれるのは羨まし過ぎて嫉妬の頂点に立つくらいだよ」


 「あっ、俺が羨ましいんじゃなくて、早乙女さんが羨ましいってことか?それならなんとなく共感はする」


 俺の立ち位置を幽と変えてみれば分かる。幽の家族になるのは、俺も羨ましいと思うのだから。ノンストレスで、こうして早乙女さんのことのように、関係性で悩むことは無いだろうから。


 そのまま、悠々自適な生活を繰り返せるに違いない。それは可能性の話でも、確信していることでもあった。それほどの仲だと思っているから。


 「そうそう。いいよねー。奇跡的に家族になれたから良いって思うのもあるけど、運命的とも思えるからもっと羨ましいよ」


 「俺と家族になるのが運命なのは、幽を除けばデメリットってしか考えないぞ。絶対」


 「さぁ、どうだろうね。人気者は良い意味でも悪い意味でも、自分がどれだけ人気なのか分かってない人も居るからね」


 「人気者の言うことはよく分からないな」


 分かるのはお互いに早乙女さんが家族になったら、早乙女さんが羨ましいということだけ。早乙女さんじゃなくても、家族になれるのは羨ましいと思う。もちろん義姉義弟として。


 ちなみに幽の誕生日は12月1日。絶対に俺が義弟である。


 「まぁ、それが七夕風帆だからね」


 俺らしいことは俺でもよく分からない。自分の匂いが分からないことや、自分の癖が分からないように、人に見せる姿は、詳しく把握していない。だから「らしい」には【?】が付き物。今も言われて首を傾げていたところだ。


 「でもさ、やっぱりいきなり家族ってなると、色々と気にしない?この際はっきり言うけど、あの澪が近くに居ると好きになったりしないの?」


 ド直球で、聞かれると思っていたことをやっと聞いてくる。予想のタイミングではあったが、いざ聞かれるとハッとしてしまう。全くやましいことはしていないのに、彼氏持ちの家族として、罪悪感を感じるが故に。


 「んー、まだ3日目だからなんとも言えないけど、多分無い。早乙女さんもそんな気はないし、俺は彼氏持ちに手を出すなんて毛頭ないからな。家族として一線は超えても、早乙女さんと俺の一線は超えるつもりはないから」


 「私だから分かるけど、結構マジだね。私か風野くんくらいしか分からないから、それが誤解を生みそうだけど」


 つまり他の人が聞けば、信じずに俺を冷やかすということ。そりゃそうだ。色恋にアンテナビンビンの歳なのだから、家族としてでも触れ合う機会が増えたことを知れば、食いつくのは未来予知せずとも分かること。


 「恋愛に興味ない風帆くんなら、そんな心配もないだろうけど、やっぱりそれでも私たち以外には隠すんでしょ?」


 やっぱり。


 「もちろん。それが俺の学校生活を安定させてくれる唯一の盾だからな」


 「でもボロボロだけどね。その盾を構えても、殴られたら風帆くんの生活は変わるよ?」


 「それ覚悟でも、隠さないといけない方を選んでるんだ」


 「ふふっ。


 何度も言うが、これは隠す方が賢い判断だ。それは幽も知ってる。けど、俺と幽だけしか知らないかもしれない。そんな小さくて確かじゃない情報だが、それを信じて、俺らは隠す。


 早乙女さんの彼氏から――目をつけられないように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る