第19話 壁
人と触れ合う回数が多いから、その分相手が何をどう考えているか、思っているかを何となくでも分かるのだろうか。俺には到底理解は難しいし、人の気持ちを汲み取ることなんて絶対に出来ない。女の勘というやつならば、そろそろその現象に正式な名前がついてもいい頃だろう。
「分かりやすいっていうか、誰でも同じことを考えない?」
「気を使わなくていいようにしてるって?」
「うん。今まで少しでも抵抗して来たのに、突然間を開けて渋々頷いたら、多分それを見た人は思うよ」
「そうなのか?」
言っていることは分かる。しかし、それは早乙女さんという、考えがポジティブで、誰もが自分に対してそう接して来たという事実がある人限定だろう。それに基づいて、思う考えがそうなのだと、俺は思う。
俺が早乙女さんの立場ならば、渋々頷いたことに、嫌だったのかもしれない、なんて相手が気を落とすような方向性のことを考える。どちらかと言えばネガティブな俺なりの考え。
とはいえ、これは早乙女さん主観の考え。そして間違いでもないから、そう大きなこととして捉える必要はない。1度目でこの結果ならば、今後も気にすることはないだろう。
「少なくとも私はそう思ってたよ」
「そうか。俺もピンポイントで正解だったから、多分そうなんだろうな」
今後も何度も気にすることはあるはずだ。その度に狼狽していては、お互いに申し訳ない気持ちが生まれるかもしれない。最悪でも、早乙女さんには楽しくノンストレスで暮らしてほしいから、俺は今は二の次で構わない。
「でも、人それぞれだからね。思うことだってあると思うから、その時は何でも言ってね。気を使わないでいいことが絶対的にいい事とは限らないし、お互いに家族として楽しく暮らすために、大切なことは他にもあるだろうし」
「そうだな。でも正直、彼氏持ちってとこだけしか気にするとこはないと思うから、この調子なのは変わらない気がする」
現在の家族内の問題で1番大きく、たった1つの問題点。それが大きな壁となり、家族としての関係を築くことへの抑止力となっている。接する時に、脳裏に浮かぶ彼氏持ちという言葉。
それが悉く関係を築かせないよう動き出す。しかも、早乙女さんは学年を超えて、学校全体でも有名なことから、必然的に彼氏も有名であることになる。更に更に、彼氏の先輩は、早乙女さんの影響で有名になったのではなく、元々釣り合うほどのハイスペックなのだ。
そんな彼氏に俺との家族関係がバレては、俺の学校生活が危ぶまれる。隠して後でバレる方が危険かもしれないが、この選択をするほど、俺には微かでも理由があった。
「彼氏持ちって凄い盾だね」
「それを俺に向けてるのは早乙女さんでも彼氏さんでもないけどな」
「そうだけど、なんだか距離を縮めさせないように、私がしてるみたいで気にしちゃうね。七夕くんがもっと積極的に来てくれれば、蟠りも無くなりそうだけど?」
「俺に押し付けるのか……でも、一理あるな」
全て積極的なのは早乙女さん。何をするも、距離を詰めてきてくれる。今も、部屋に来て、眠気に対抗してまでも関わりを築こうとしてくれている。
自分の夢というか、してみたかったことを果たすためだから出来ているとこもあるだろうが、それでも行動に移せるのは尊敬ものだ。
「まぁ、それは自由で良いと思う。強制して仲良くなっても綻びが生まれるかもしれないし。今の素の関係が1番だよ」
「悪いな。そこまで人との距離感を掴めないんだ。知ってから詰めるタイプだから、それまでの時間が結構必要になる」
「ううん。今だって気負いなく、素で話してくれてるみたいだし、2日目の夜にしては好調な出だしだよ」
心底満足しているのか、ニコニコしながら首を横に振り、ベッドに腰を奥へ座らせることで、届かない足をパタパタと左右タイミングをズラして揺らす。
「優女か」
「これが優しさなら、まだ軽いものだよ」
「なら、結構優しいんだな。その片鱗をいつか見たい気もする」
「期待してると後悔するよ。思ってるより優しくないから」
否定するが、優しさは自分では分からないものだ。人の考えがそれぞれというからこそ、受け取り方もそれぞれだ。だから、優しさに多く触れない人間は、小さなことでも優しいと思うし、逆も然り。この点に於いては、俺と早乙女さんは、環境が真逆だからこそズレたのだと確信した。これからの期待値が高まるのも無理はない。
「ちなみに、どれくらいの時間が必要になるの?」
「俺もよく分からないな。その相手によって相性もあるし、時間もかかる」
「じゃ、霊はどのくらいだった?」
「んー、いつの間にかだから、確かな時間は覚えてないけど、多分好きなように好きなことを話せるようになったのは、2ヶ月くらいだな。それまでは敬語だったり、幽さんって呼んでたしな」
思い出せば懐かしく、恥ずかしい。幽さんは何々が好きなんですか?なんて敬語で質問していたことが、今ではあり得なさ過ぎるのだ。
幽はそんな俺に対して、はじめから風帆くんだった。俺のことを知ったのもその時だったらしく、あの中学入学当時の精神年齢では、運命なんて思って会話が弾んだのを覚えている。
基本的に過去のことはほとんど覚えないが、こういう大切なことは絶対に忘れずに居るのが、我ながら驚きだ。
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