第2話 才色兼備の有名人

 「皆揃ったから改めて、今日からここに住む家族――早乙女可奈美さんと早乙女みおちゃん。そして七夕敦と七夕風帆。これからはこの4人で暮らすから、家族として仲を深めて楽しく過ごそう!」


 俺からすれば気恥ずかしく、やめてほしいと思うような明るいテンション。それでも早乙女家は違うようで、満面の笑みで拍手をしていた。


 釣られてというか、釣られなければ空気的に悪いため、俺も無表情ながらも頬を赤らめて拍手する。


 それにしても名前を聞けば確実となった。学校でよく見る顔に、聞く声。スタイルの良さもそのままで、名前だって知ってる。


 同じクラスに所属する、学年では誰よりも才色兼備で有名――早乙女澪。関わることは数少なく、スクープカーストトップに立つその人柄は、誰からも好かれる神的存在だ。


 肩上までのボブカットに全く染めない黒の艶髪。瞳の色は若干青く、それでも整った容姿を褒める部分にしては語彙力の足りない完璧そのもの。150後半という平均的な身長に、脂肪の少ない体躯。理想を描いた人間の最終形態だ。


 「初めは分からないことだらけだと思うけど、慣れるまでそれも1つのコミュニケーションということで、楽しく関わっていこう」


 「私と敦さんは何回も会ってるし、実は風帆くんと澪も同じ学校に通う生徒だから、そこは安心ね」


 そういうことか。だから名前を言わずに会わせたのか。合点がいくな。


 「でも家族として踏み出すわけだしね、ほら、澪も挨拶して」


 「……うん」


 普通に嫌だという間が出来たが、流石に空気を悪くすること、そして母の圧には耐えられなかったか、渋々口を開く。


 「早乙女澪、16歳です。よろしくお願いします」


 チラッと父を見ると頷かれる。これならいっそ、同じタイミングで1度にまとめてしたかったものだと、無意味な反省をする。


 「七夕風帆です。よろしくお願いします」


 過去1だ。小学校、中学校、高校入学全てに於いて、こんなどうでもよく、知ってる当たり前のことを自己紹介としてしたのは。


 互いに知るからこそぎこちない。それを見て思うことは、父が代弁する。


 「……2人は不仲なのか?それとも学校では関わったりしてないとか?」


 「こんな澪を見たのは初めてよ。お互いに隠してたから、出会ってからパニックになったのかしら」


 どちらともに大正解。父は前半外したが、それでも俺らの図星はついてくる。間違いなくそれが理由で、大半は黙ってたことが理由だ。


 家族となる人が同級生で、あの早乙女澪ならば、父と共に狼狽していただろうに。これを何かしらのサプライズとして考えていたのならば、きっと性悪なとこも含まれているに違いない。


 絶対に父さんが言い出したな……。


 「関わりはない。だけど同級生で同じクラスの人なのは驚いた」


 「……同じく」


 「あら、同じクラスだったの?それは初耳。だからこんなに落ち着きないのね。やっと分かったわ」


 クラスまでは知れていないというのが計画した感じがしていい。同じ学校でも、クラスまでは知らない。聞き出す必要があるため、そうなれば名前を聞かざるを得ない。全員の名前を言えと言っても怪しまれるだろう。


 「こんなこともあるんだね。なんだか微笑ましいよ」


 「そうね。関わりがなかったなら、これからどんどん仲を深めれるし。楽しみね」


 もちろん互いに親はウキウキ。好意を持つ相手と幸せになれているのだから。だが、子供は違う。才色兼備と同じ家に住むなんて、そんな、幸せだが色々と地獄のような展開に苦笑しか出来ない。


 「早速、私たちはこの後用事があるから、2人はゆっくり話せるでしょうし」


 「……え?お母さんどこか行くの?」


 心底嫌そう。俺と2人きりなのが、それほどまでに苦痛とは心外だ。でも、まぁ、納得はする。


 「敦さんと買い物にでもってね。折角の初日だし、ご飯も奮発しないとでしょ?」


 「その他必要な物も買うから、何か必要な物があったらどんどん遠慮せずに言ってほしい」


 「……いえ、大丈夫です」


 元々俺らの時間も用意していたということ。確かに必要なことだろうが、見てくれ、眉を寄せて俺を見ては嫌だと言わんばかりの表情を。これを見ると申し訳なくなって引きこもってしまう。


 だが、それを捉えるほど父は余裕はない。目の前の好意を抱く相手に目を奪われるという、当たり前の行為をしては気づかない。


 ちなみに再婚で名字が変わるのは継母の可奈美さんだけ。学生ということも配慮して早乙女澪さんは早乙女澪さんとして変わらず過ごすという。


 「なら、後々必要になったら可奈美さんにでも伝えてて」


 「はい。ありがとうございます」


 敬語は抜けない。それほど子供にとっては親の再婚相手に気を使うもの。いきなり実の親のように振る舞えなんて不可能。


 「それじゃ、私たちは行くわね。2人は何か話でもしててね」


 椅子を引いて立つと、父も合わせて立つ。どういう経緯で出会ったかは知りたくないので知ることもないが、初々しい恋を見せつけられてるように目を合わせて笑うのは、若干父を見る子供としては、んー、と思うことはある。


 バタンと閉められるドア。頼むから帰って来て仲良くなるまで場を繋いでほしいと願うが、そんなことが叶うほど理想郷に住んでもいない。


 テーブルを挟み、何か悪いことをした気分に染められながらも、俺はその席を立った。

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