第3話 特別感はない

 何するの?という目で見ることもなく、その場でスマホを取り出して何やら操作を始める。興味がないのなら正直ラッキーだとは思う。


 「好きな飲み物ってある?」


 立って何もしないなんてことはない。この状況は家に招いてるのと同義だと捉えた俺は、飲み物くらい出すのは当然だという常識を脳に働かせただけ。


 それに対して少し驚いたように目を合わせると。


 「……お茶」


 「分かった」


 察してくれたおかげで、誰の家にでもありそうな飲み物を言うという気遣いをしてくれる。だが、我が家をそんな平均的な考えで括るのは大間違いだ。


 冷蔵庫を開ければ、そこにはたくさんの種類の飲み物が入っている。お茶はもちろん、お酒やフルーツジュース。カフェオレやコーヒーなどの万人向けの冷蔵庫。飲み物だけで半分を占めるかのような扱い量だ。


 まぁ、優しさというか、ジュースなんて頼めるほど豪胆でもないだろうし、学校で抱く印象的と解釈一致だ。


 新品のコップにお茶を注ぎ入れ、自分用と2つ持って、1人でも寂寥すら感じない細い体の座るテーブルへ持ち運ぶ。


 「はいどうぞ、冷たすぎたらごめん」


 「大丈夫、ありがとう」


 俺の印象では、早乙女澪という女子は誰からも好かれる天真爛漫な性格をしている。だが目の前の同姓同名の女子かと思えるほど落ち着いては無言の早乙女澪は真逆だった。


 座ってすぐに、別にここに座る必要もないとは思ったが、後悔してからでは遅すぎる。スマホを部屋に置いたままの俺には、話す以外に解放される手段はない。


 「早乙女さん。緊張してる?」


 女子とは関わらないことが多い。性格上、俺は1人を好み、他人にあまり興味もない。だから接し方を知らない。相手が不快だとしても、それを悟れるほど鋭くもない。出来るのは端的に今の状況から気になることを聞くだけだ。


 「……少しは」


 スマホから顔を上げると、テーブルに置く。


 「七夕くんは?私と話すの初めてでしょ?緊張しないの?」


 「しないかな」


 即答だ。何も期待してないし、何かをされる恐怖もない。早乙女さんには特別なことは何も抱いてない。これから家族というだけの仲。それだけ。


 「へぇー」


 「明日には、いや、このまま話し続ければ今日にでも早乙女さんだって緊張はしなくなる。意識することも無くなるし」


 「確かにそうかも。七夕くんって不思議と落ち着いてて、そこらの男子とは違う雰囲気あるし。何にも興味ないってか、1人が好きっていうか」


 「俺のこと知ってるんだな」


 「半年も経てば流石に全員の印象はあるよ」


 早乙女さんがそう思うならば、誰だって俺への印象は同じなのだろう。陰キャに類する普通の男子高校生。間違いではないが、響きが悪くて好みではない。


 「私にも興味無さそうだし」


 「自負してるんだな」


 「謙遜するのは性に合わないもん」


 迎合するのは嫌い、と。確かに気の強い女性とは言い過ぎだが、我を貫く据わった性格をしている。甘えを許さないような、そんな強い信念か何かを持つような。


 「ってか、奇跡だよね。こうして同級生で家族になるの」


 体を乗り出して、その本性を出し始める。慣れてきたか、楽に話せる空間を作ったとは思えないが、気を使わなくなりつつあるのはいい傾向だ。


 「それはそうだけど、正直有名人と家族っていうのは気が引けるな」


 「えぇー、そう?」


 「美少女と噂なら余計に」


 「美少女って思ってくれてたんだね。意外」


 誰が見ても美少女なのは間違いない。人のタイプがあっても、決して普通寄りでもない。乳白色のその透き通る白い肌がそれをよく証明する。輪郭だけではなく、その他の体も全て細くて美しい。


 「ねぇ、こういう時ってあるあるだと思うんだけど」


 もう何を言うのか、分からないほど先読み出来ない俺ではなかった。


 「どっちが兄か姉になるんだろうね」


 早乙女さんが義妹になるか義姉になるかの再婚した時の同い年あるある。そんな頻繁に起きることでもないが、今目の前で言うからして、俺は感動していた。


 「多分誕生日知らなくても俺が義弟になるよ」


 「ホントに?」


 「2月6日だ」


 「ホントだ」


 ほらな。自己紹介から知っていた。高校1年で16歳。既に迎えた誕生日の時点で俺に勝ちはない。今は9月なのだから。


 「私は4月15日だから、めちゃくちゃ離れてるね」


 「約1年か」


 「いぇーい。これで私はお姉さんだ」


 両手をピースにして向けてくる。可愛らしさに溢れ、愛おしくはあるが、学校で誰にでも見せる姿のため、特別感なんて皆無。


 「今日からお姉さんって呼んでね?七夕くん」


 「学校で呼んだら困るだろ?だからそれは言わない」


 「あーそっか。そうだったね。じゃ、時々家では言ってね。聞いてみたい。弟からのお姉さんって」


 「……気が向いたら」


 「ナーイス」


 普段通りのテンションになるのが早すぎる。やはり本性は気を使わなければすぐに出てくるというわけか。


 一歩近づけたのは良いことだ。これからどんどんと近づき、家族に染まれれば何より。こういう時、何やら恋愛的な話しになりがちらしいが、そんなことはありえない。


 学校で呼んだら困る理由がその1つ。期待も出来ない、恋しても意味のない。だから人に興味のない俺の家族になったのかもしれない。そう運命と思うほどには奇跡だった。


 だって――早乙女澪には彼氏が居るのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る