第4話 おはよう

 先日は日曜日だった。つまり今日は学生にとって1週間で最大の憂鬱な朝を迎える日である。夜ふかししたわけでもないが、目を開けることに抵抗してしまうのは日々の怠惰故。


 どうしても重い体を、このジメッとした夏特有の部屋に纏わせて動かす。瞼も強引に引き上げ、同時にベッドの上で背伸びをしては欠伸も添えていつもの三点セット。


 だが、そのいつもと変わりない日常が、早速も変化したのを瞼を上げた瞬間に感じた。


 「……早乙女さん?」


 「やぁやぁ、遅めのお目覚めだね」


 真っ黒のボブヘアを、俺の寝起きの顔に付きそうな距離まで垂らしては、真上から俺の顔を覗き込んでいる姿が目に入る。見た瞬間に心臓がドキッとし、あまりの恐怖に声が出なかっただけで、実は今心臓の動悸が激しい。


 「……なんで俺の部屋に?」


 「今は7時半。私はいつも6時半には起きてたから、ここからどれほどで学校かは知らないけど、早めに起きた方が良いんじゃないかなって起こしに来たの」


 ニコッと、その誰にでも見せる天真爛漫の片鱗を見せる。容姿も性格も人気な理由はこれだけでは語れないが、これだけでも十分なほどに男女問わず人気なのはある程度分かる。


 「そういうことか。それならここからだと今起きても全然間に合う」


 俺の登校時間を知るわけもなく、だからこそ起きてこないことに不思議感を抱いたのだろう。確かに自分のいつもと崩れた生活習慣の人と暮せば、そこらは気になるか。


 「そうなんだ。ってかそうじゃないと毎日遅刻してるか」


 「分かってくれたなら嬉しい。次からは起こしに来なくていいから、人間観察が趣味なら俺以外で頼む」


 「あはは。了解」


 月曜の朝だというのに、金曜日の帰りの俺よりもテンションが高い。30秒に1度は作る笑顔には可愛さはあっても、起こされずに寝顔を見られたという状況では全く気持ちに響くことはない。


 「それじゃ、先に朝ごはん食べてるから、早く食べに来なよ?」


 「分かってる。ありがとう」


 ステップを踏みながら颯爽と退出するが、俺は初めて女子を部屋に入れてしまったという形容し難い気持ちに駆られて、すぐにはそこを動けなかった。


 部屋には見られて損するものは何1つ置いていないが、それでも学校の同級生で有名人に入られたというレッテルは、激しく俺の背中を刺した。何と思われたかなんて気にすることではなく、ただ質素で何の面白みのない部屋を見られたことにだけ最悪だと思って。


 それから寝惚け眼を擦って、自室の部屋を出ると、すぐにリビングが見えた。そこに座るは1人の家族。ピンと張った背筋に丁寧な箸使い。どこを見ても美の抜けない、並大抵の男では難攻不落の美少女。


 父の出勤時間は遅くても7時。可奈美さんは不明だが、おそらく父と同じだろう。今この場に居ないということはそういうこと。


 ふぅぅっと深呼吸して、この現実を改めて確かめる。家族として同じ食卓を囲むことになった早乙女澪。紛うことなき有名美少女。俺とは3年間関わり合うとは思ってもいなかった人だ。


 そんな完璧の権化の前に、俺はゆっくりと向かう。それに気づくと、朝食を頬張りながらも振り向く。俺を確認すると即座に嚥下した。


 「おはよー」


 「おはよう」


 まだ制服には着替えていない。セットアップのストライプの入った寝巻を身に纏い、ダボッと着飾るのは意外だった。先程の話し方からして、朝は強いと思っていたが、案外そうでもないらしい。


 昨日とは違い、場所をずらして斜め前に座る。なるべく意識外に俺の存在を固定したい。


 テーブルの真ん中に置かれたカゴの中に入っている菓子パンを手に取り、あっと気づいて再び席を立っては冷蔵庫から冷えた牛乳を取り出して持ってくる。


 その間、無言で欠伸をしては手が進まず、未だ残る白米と目玉焼きと味噌汁は早く食べてもらいたいと伝えているように見えた。


 「朝は食べる方じゃないのに、無理して食べてるのか?」


 「ん?いいや、今日はいけると思って作ったら、全然気持ちだけだった。現在後悔中」


 湯気が立つとこを見るに、作ったばかりなのだろう。味噌汁を温めてる時に起こしに来たな。


 「もう無理?」


 「無理とは思わないけど厳しいのは厳しいね」


 「そうか。見切り発車するタイプなんだな」


 「やる気に流されちゃうんだよね……」


 人差し指をテーブルにトントンとして、お腹いっぱいで入らないことをどうにかしようとしているのを伝える。全て均等に食べるのか、半分は残っていて、その差はないようにも見えた。


 「そうだ!まだ袋開けてないよね?お願いなんだけど、食べてくれない?」


 「……本気?」


 閃いた、と、今にも机に伏しそうだった表情から、何かの緒を見つけた時のように元気を取り戻すと、理解し難い提案をされる。


 見えない未来に希望を見出したかのようなその眼差しは、絶対を強制しているようで断るなんて出来そうにもない。


 「本気本気」


 「……なんだか罪悪感に駆られるんだけど」


 「なんで?」


 「なんでって……彼氏さんに申し訳ない」


 「あー、なるほどね。そういうことは気にしてくれるタイプなんだ」


 誰だってそうだろう。まだ話し出して2日目。家族とはいえ、今まで関わりのなかった彼氏持ちの美少女と家族となり、突然食べ残しを食べろなんて「うん分かった」で済まされることではない。

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