第81話 この先
文化祭なんて、正直思い出に残るほど楽しい、とは思わなかった。ただ重要な準備を任されて、陽キャが騒ぐための時間を確保するための、道具となるだけの役割を担う。それを幸せだとは、流石に社畜扱いで思えるわけもなく。
自宅では颯爽と帰宅して、既に部屋の中で仰向けにベッドの上に寝ていた。睡魔を誘うのではなく、考えごと、と言うのが正解だ。
「好き……か」
内容は決まってる。文化祭で会うことなんて、教室内でしかなかったが、それでも文化祭中も今も、常に頭の片隅に居るのは早乙女さんへの好意だった。
出会った時は、真逆の立場であることに興味を抱いた。でもそれだけで、深くを知ろうとはしなかったし、だからこそ過去にすら興味もなかった。
しかし、それから時を重ねるごとに、興味も重なった。ついには、一緒に居たい、居ないといけない、好きだとまで思うほどに。
どうしてこれほど悩まされるのか。不快でもなく、興味を煽られて情報を得たいと思うように。それほど、俺は答えを知ろうと執着していた。
義務感のあった寄り添われる立場。依拠されることが、俺の1つの温かみを感じることだとしても、義務感は拭えなかった。いつからか、それが消えてしまった。義務感ではなく、自分の意思で、俺は早乙女さんの隣に並びたいと思うようになってしまっていた。
「不思議だよな。こんなに興味持って、しかも好きって」
陽光の当たらない側にベッドを配置しているが、窓の外から入る、若干オレンジの西陽は、仰向けの俺の視界を奪う。ウザったいからと、怠惰に慣れた体を無理矢理起こし、とあるマンションの一室から、窓の外を眺める。
なんにも変わらない。ごくごく普通の日常。街歩く人たちに、仕事の関係上笑顔は少ない。誰も彼も、自分のしたい仕事をしているわけではないのだから当然でも、活気のない世間を見ると、悩みを抱える俺を見ているようで、共感してしまう。
浸ってすぐ、目を顰め続けたことに気づき、遮光カーテンとともに窓を閉める。この季節、冷たくとも心地良い風が吹き付けるが、それすらも今は感じない。それほどに、俺は意識を割かれていた。
答えのない恋に、何かを求めることが間違いだとしても、俺は考える。答えを出せと、捻り出す。
「やっぱ分かんね」
が、もう限界だ。習わないことは知らないし、学ぼうとしなければそれもまた知らない。人の気持ちの話なんて、自分が分かないなら、天啓降りるまで分からないままだ。
寛ぐ俺は、恋愛についての思考を放棄した。それが今楽になれる手っ取り早い方法だった。パソコンを起動して、ネットサーフィンでもゲームでもするかと、自慢の身体能力を活かして飛び起きる。
すると、その瞬間に家の中に帰宅を知らせるガチャッと音とともに、帰宅の知らせが響く。
「ただいまー」
間延びした声。普段通りの疲れを感じない低音。軽すぎて立たない足音。どれもこれも、全てが早乙女さんの情報と一致していた。
聞いて俺は扉を開けた。パソコンのことで起き上がったと、既に忘れて。もう恋は盲目状態に陥ったらしい。
「おかえり。遅かったな」
「霊が私に取り憑いてたから、少し長くなっちゃった」
「幽と?久しぶりじゃないか?」
「うん。私に話したいことがあるって言われたから、珍しくね」
「ふーん」
幽からのお誘いは、俺相手でも珍しい。時々、それも偶然でしか会うこともなく、意図して登下校をともにすることは思い出す限りなかった。
そんな幽から、早乙女さんへのお誘いとなると、どうでもいいことではなさそうなのは、唯一理解している。
「七夕くんはいつも通りだね」
部屋にカバンを掛けて、すぐに冷蔵庫へ向かいながら言う。もちろん、目が合うことはない。
「いつもと変わることは、そんなにないからな」
好きを知ったくらい。
「早乙女さんは、何か変わった気がする。雰囲気っていうか、文化祭終わったからか知らないけど、落ち着きが見える」
「私が落ち着きのない人だと思ってたの?」
「いいや、そういうことじゃなくて。文化祭前は、走ってリビングに来たのに、今日はゆっくり来て、雰囲気も落ち着いてるから気になっただけ」
普段から落ち着きのない人だとは、失礼だけど思ってる時はある。特に夜になれば、部屋に行ったり来たりを繰り返して騒がしい。
そんな早乙女さんは、お茶を注いで飲み干して言う。
「まぁ、そうかも。霊と話してから、少し落ち着いたかも」
「あの幽と話して落ち着けるって……」
俺からすれば冗談じゃない。親友として、マスコットの皮をかぶった妖怪だと知る俺は、その演技に騙されてるのかと、ちょっとばかり早乙女さんを心配した。しかし、そんなことないと、その目で訴えていた。
「私って、考え込むことが多いから、それを取り除くと落ち着くんだよね。だから、時々霊には、その時その時に対応を任せてる。今日もそれだったかな」
「ん?幽から誘ったのに?」
「うん。私の今の気持ちについて、色々と聞かれてさ、それについて受け答えしてたの。大変だったよ、何もかも見透かされてるから」
「それは分かる」
けど、何を聞いたのかは、分からない。考え込むことを取り除いたということなのだろうが、その悩みの根源は、いったい何なのだろうかと、そう考えた時だった。
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