最終話 いつか

 「それで、なんだけど、七夕くん」


 サッと空気感が変化した。具体的に言えば、これから俺に対してマイナスは起こらない、けれど今この瞬間から喜べるようなことも起こらない。そんな、曖昧で瓦解もない。


 「何?」


 自分でも思っているより落ち着いていた。きっと、傾くならば良い方向だと感じ取っていたから。リビングの椅子に座り、その返答を待つ。そして隣ではなく、未だキッチンに居る早乙女さんは言う。


 「私、七夕くんのことが好きみたい」


 「…………え?」


 確かに聞こえた。耳聡いわけでもないが、それでも一言一句間違わず返せるほどに、分かりやすくて端的だった。


 ――七夕くんが好き。


 解釈すればこれで間違いない。少し遠回しに言ったのは、早乙女さんなりの、過去の件が干渉しているからだろう。自分の想いに鈍感で、いや、気づき方を知らなくて、その結果辿り着いた自分の想いに、それでも確信は持てなかったようだ。


 「やっぱり混乱するよね。私も、これを言おうと決めて霊と別れてきたんだけど、ここに来るまでに何回も深呼吸して足を止めてたもん」


 時刻は17時を回ろうと。思えば遅い帰宅だ。てっきり友人とお疲れ様でした会についてや、振り返りをしていたと思っていたが、そんなこともなかった。


 「この気持ちは私が言葉にする資格はないんだと思ってた。何度も何度もね。けど、霊と話をして、それは違うんだって思った。私は私なりに、したいことをして七夕くんを好きになった。家族っていう壁で隔ててたけど、結局はただの言葉で、私からその壁を壊した。それらは全部意図的じゃなくて、私のやりたいことだから、もういいんじゃないかってね」


 淡々と語る、好きになることの大変さ。これまで自分が何をしてきたのか、鮮明に思い出せるのだろう。目を合わせることなく、両手をコップに添えるように置いて、下を見て固まっている。


 「だとしたら、どうするんだ?」


 「どうもしないよ。私は七夕くんのことが好き。この気持ちを伝えることは出来ても、付き合うことは求めれない。八尋先輩のこともあるけど、私はまだ付き合う資格はないと思ってるから。何よりも、七夕くんはこんな私と付き合うことを望んでないだろうから」


 珍しくも、気落ちした早乙女さんは美麗なままであった。一切の淀みはなくて、自分の気持ちを吐露することに、全くの無抵抗。素で何もかもを話してくれている。


 その中での突然の告白。その上、贖罪を求めているのかと思うほどの覚悟。俺が好意を抱くはずもないと確信して、自分の心を傷つけようとしている気がした。


 自己嫌悪だろう。自分が嫌う男と、大差ないことを思っていた、と。


 別に、悪気ないなら良いと思う。仕方ないのだから。親の再婚は自由。その結果子供同士が仲を深めるのも自由。必然的とも言える。その中でいつの間にか好きになる。これのどこにも、俺は悪を見つけることは出来ない。


 だから言う。その嫌悪感に苛まれるくらいならば、それを背負うのは1人じゃなくて良いのだと。


 「いいや。早乙女さんはそう言うけど、俺は早乙女さんのことが好きだよ。何故か目で追うことも、心配することも、関わりたいと思うことも、早乙女さんにだけ特別に思うことは、全て家族だからって思ってた。でも最近、それが好きなんだって気づいたんだ」


 何も変わらない。俺に羞恥心はない。平然と思うことを伝える。早乙女さんは、今日初めて俺と目が合う。俺の言ってることが本当なのか、こっそり確かめようとするように。


 「家族だとしても、俺と早乙女さんは血の繋がりはなくて、父さんたちが再婚するまで無関係だった。いくら家族としても、俺の頭の中には無意識に、早乙女さんは姉であって姉でないって、都合よく切り替えるように認識してたんだと思う。だからいつからか、早乙女さんのことを考える頻度が増した時、俺も理解したんだ。――好きなんだって」


 間違いない。今でも区別はつかない。姉だから心配するのか、好きな人だから心配するのか。関わりたい、触れたいと思うことも、どっちなのか。けれど、早乙女さんのことが好きなのは分かる。


 けど。


 「けど、早乙女さんの気持ちも分かる。簡単に付き合えるほど、切り替えの早い人じゃないとは知ってるから」


 「……うん」


 「だから、これからも今と同じように接して、家族としても、恋心を抱く相手としても、もっと仲を深めよう。その上で、いつかお互いに納得する時が来たなら、その時は更に幸せを求めればいい」


 結局、この世界に恋愛の基準は存在しない。いつ誰がどう恋愛したところで、他人に迷惑がないのならば、それをとやかく言われることもない。だったら、今の気持ちに嘘をつかずに生きることは、絶対に許される。


 「その気持ちに整理がつくまで、付き合うから」


 家族としても、好きな人としても。


 早乙女さんは、驚きか悲しみか、はたまた別か。理由を汲み取りにくい表情で俺を見る。瞼を閉じ、開くと、そこに俺が居る。それを信じれないようにも見える。


 「……七夕くんは、私を好き……なの?」


 「まだそこかよ」


 性能の悪いパソコン、若しくは回線の悪いゲームのようだ。


 「好きだよ」


 「……そっか…………」


 朗らかになりつつある相好に、安堵の笑みを溢す。早乙女さんだって、秀才であっても人間だ。心の変化に素直なのだ。


 「……私のこと、嫌にならない?」


 「もちろん」


 「そっか。だったら……これからもお願いしようかな」


 「ああ。そうしてくれ」


 それを求めているのだから。


 「いつでも、俺たちなら幸せになれるから、焦らずに、マイペースにな」


 「うん、そうだね。ありがと」


 元気はなかった。それは、いつものハイテンションの早乙女さんと比べたら、だ。今でも十分に元気は感じ取れるし、むしろ明るすぎるほど。抱きつくか抱きつかないかの差があるだけだ。


 きっと、俺たちの関係は、ここからが本番なんだろうな。


 はぁぁ。幸せ疲れ、か。

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同じクラスの彼氏持ち美少女が義姉になりました。義妹と結ばれるテンプレがあっても義姉で、しかも彼氏持ちとか希望すらも抱けないんだが? XIS @XIS

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