第52話 私も卑怯
浮気をされたことによる答えは、別れる、だ。しかし、それが確実だからこそ、私は自分の今の気持ちに悩まされた。世間一般では、浮気された側の人は傷つき、許せない気持ちで胸がいっぱいになるものだと知られている。だから浮気はしてはいけないのだと、それは中学生にもなれば理解する。
なら今の私はどうなのだろう。何故、こうも平常心でいられるのか。七夕くんの私への
9月下旬でもクーラーの効いた部屋。お風呂上がりの私たちには睡魔を運んでくる。1週間の疲れも溜まり、それがフワッと解放される今、七夕くんはいつもより瞼が落ちかけていた。
そんな七夕くんを見ていたい。浮気のことなんて忘れて、今は私よりも思い詰めてる七夕くんを楽にしてあげたい。嘘をついて強がってると思われるだろうけど、それでも。
可能性ならば、七夕くんが私の家族になってくれたから、というのもあると思う。心の拠り所。それを新たに作ってくれたから、私は今を冷静に居られるのかもしれない。
どうなんだろう……。
答えはいつか出る。私はその時を待つことにする。そうでないと、今を楽しめないから。
「明日くらいに連絡しようかな。休みだし、ゆっくり話せるから」
「直接会うのか?」
「そうじゃないと、適当に誤魔化されて、違うの一点張りになるかもしれないから」
「そうか。気をつけてな。相手は浮気をする人だから、常識は通用しないかもしれない」
「うん。大丈夫だよ」
八尋先輩と接してきて、思い返せば胡乱にされたことは多くあった。大丈夫だと言われて、それを何とも思わず承諾していたから、今まで喧嘩になることも詮索することもなかった。
それが実は浮気だなんて。我ながら人との付き合い方を学んだ方が良いと思った。同時にこの時、私のムカつくことの意味が、七夕くんを心配にさせたことだと、薄々気づき始めていた。
「よし。それを伝えたかっただけだし、長居するつもりもなかったから、今日はゆっくり休んでくれ」
「え?もう戻るの?」
何も考えず、反射的に出た。右手を伸ばし、七夕くんに届くわけもないのに、何かを止めようとそれは素早く。今日の私はとことん変だ。
「早乙女さんも気分良くないだろ?俺が居ても邪魔なだけだから、戻るよ」
邪魔なんかじゃない。私だってこれでも少しは気にしてるんだから。確かに良いんじゃないかとは思った。でも、裏切られた気分になって、心許せる人が減ったことには、ほんの少しの寂しさは感じた。
だから今、私は1人が嫌いだ。過去に何度も置かれた状況下。それに似た気分だ。私の気持ちなんて汲み取ることなく、ぞんざいに扱われる。それがフラッシュバックした一瞬でも、私には根っこにヒビが入った。
それは修復出来ない。私1人じゃ、どうしようもない。だから求めた。伸ばした先に居る、私の大きくて温かい存在に。
「待って……」
扉の前に向かった七夕くんを止めた。無力に近い、少し
「ん?どうかした?」
「傷心中の私から、離れるの?」
「……俺なら1人がいいと思うから、そう判断した。早乙女さんは違うのか?」
「うん、違うよ。明日も起こしに来てって、今朝言ったよね?それに私は今、傷心中で1人になるのが嫌なの。だったらこの2つを合わせて導き出される答えは1つだよね?」
「1つ?分からない」
だろうとは思った。期待してなかった。どうせ私が言わないといけないと思ったから、逆に期待通りだ。
「一緒に寝ようよ。そうしたら、落ち着いて寝れるし、明日も起こしてもらえる。私はそのまま話をしに行ける。どう?」
これは我儘だ。もっともっと、七夕くんと距離を縮めたかった。家族ならば、和気藹々と姉弟で多くのことを楽しみたいのだ。出来なかったこと。愛情に飢えた私なりの、恥ずかしさもないお願いだ。
「……一緒に寝る?俺が……緊張とか羞恥心で寝られなくなるだろ」
「今は自分のことよりも、私のことじゃない?」
いじわるで我儘。不器用な私なりのお誘いだ。弟らしくて可愛らしい。七夕くんのイメージとは真逆だけど、ギャップが良い。普段見せない、私にだけの特別な表情。霊にだって見せてない、添い寝のお誘いというシチュエーションでの狼狽。浮気されたことなんて忘れて、満足感が全身を覆った。
「そうかもな……」
ドアノブに掛けた手を脱力させる。踵を返して、同じ椅子に座った。
「流石に寝るのは無理だ。抱き枕にされるのも恥ずかしい」
「でも言い訳は通用しないよね?罪悪感があるからって言ってたけど、もう彼氏は居ないようなものだから」
「……だとしても、この歳で姉弟が一緒に寝るなんてあり得ないだろ」
「……分かった。なら……いいよ」
更に傷ついたと演技する。ズルくて卑怯。でも、私はそれでもこの機を逃したくなかった。それは何故か。もう心変わりが始まっていたからなのかもしれない。
「あぁ、ごめん。寝る!寝るからさ」
ごめんね。七夕くんには悪いけど、傷心が言い訳に使えたから距離を縮めたかったんだよ。
「本当?」
「でも、流石に一緒に寝るのはどうしても無理だ。そんな覚悟はないし、色々とまずいから。だから手を握る。不安だったりを消すにはそれが有効だろうから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます