第53話 おやすみ
こういう時に、美少女というのは大活躍する。あざと可愛く、操るように思い通りに出来る。完璧とはいかなかったけど、なんとか触れ合いながら夜遅くまで話すことは確保出来た。
「うん。ありがとう。握ってくれるだけでも十分だよ」
朝方は、どうしても寝惚けて、七夕くんが近くに居ると体が求めてしまう。1度触れてから、抱きしめて落ち着きたくなったりして、一種の中毒症状のように。
だから今も、眠気が襲ってるから求めた。性欲が関係していたりするのかもしれないけど、今はそれよりも取り敢えず触れていたい。先に行かなくていいから、この少しの寂しさを拭いたかった。
「手、出してくれ」
「七夕くんが先に出して」
「分かった」
井戸に落とされどん底の私に、上から手を差し伸べるかのように柔らかい表情で、私の目の前に傷のないゴツゴツとした男子らしい手、いや、腕がくる。
「ありがとう」
私はその両腕のうち、左腕だけ掴んで抱きしめるように胸の前に抱えた。
「……用途違くない?」
「これでいいの」
お尻を床に着け、左腕だけ貸した七夕くん。不満はなさそうで、私の顔をじっと見ていた。何も変なことはないのに、私の真意を探るのかと思うほど長く。しかし、カッコいい顔の口角が上がる瞬間は、私も目を奪われた。
何事にも無を貫くとイメージを持たれ、霊の男子版として人気のある七夕くん。そんな人の不意な笑顔。本人は笑ってるつもりはないのだろうが、それがまたズルい。
「そこまで重く捉えてなくて、良くはないかもしれないけど、安心した」
「前も言ったけど、大好きって気持ちがあるわけじゃなかったから。それだけダメージも低いんだよ」
「でも、好きと似た感情は持ってたんだから、ダメージは変わらないんじゃないのか?」
「八尋先輩が初めての彼氏だから、なんとも言えないかな」
好きはなんだろうかと、今でも思う。楽しければいいのか、幸せならいいのか。人それぞれだからって、最低ラインの思いはあるはず。私にはそれが欠如していたりするのだろうか。まずは、それから知るべきだろう。
「それに多分、七夕くんの方が気に病んでると思うよ」
「そうかもしれないな。弟でも、姉を守りたいとは思うから、お節介焼きだし、気にするんだよ」
「ふふっ。恵まれたってことかな?」
「どうだろうな」
「どうであっても、私は嬉しいよ。こうして私の我儘に応えてくれてるし」
「だったら、俺も満足だ」
自分のことは二の次。それが七夕風帆だと、私は今確信した。いつも心配してくれて、私のことを気にかけてくれる。霊とゲーム中でも、お喋り中でもそれはいつだって。だから私も甘えてしまっている。姉とは思えないほどに。
満足だ。この言葉が本心から来てるのだと分かるのが、心底嬉しい。胸の奥から温かみを貰えるようで最高だ。
「ふぅぅ。なんか背負ったものが溢れないくらいには消えたから、ドッと疲れた気分」
私の腹部付近。空いたベッドの隙間に、顔はこちらへ向けて頭だけ倒す。左腕が邪魔で顔を拝めないけど、すぐそこで七夕くんが疲れを感じて眉を寄せてると思うと、見たい欲が出た。
「眠いの?」
「さっきから眠気はある。もうここで寝てもいいかなって、判断が鈍るくらいは」
欠伸をして、本当なんだと教えられる。
「いいね、いつでも寝なよ。代わりに右腕掴ませて」
「ほい」
左腕が解放され、右腕を抱きしめるように掴む。これでやっと顔が見えた。ウトウトして、安心をしてくれている様子。取り除かれた私への問題も、今は忘れている。私もその顔を見て、なんだかおっとりしてしまう。だからゆっくり瞬いた。抗うこともなく、0.2秒と言われる瞬きを、0.8ほどに伸ばして。
その瞬間だった。頭の上を優しく丁寧に右往左往する感覚が伝わった。ハッとして瞼を上げると、掴み終えた左腕を伸ばし、手のひらで頭を撫でる七夕くんが、そこに居た。
「もしかしたら強がってるのかもと思って、違うっぽいのは分かってるけど一応。あと、撫でて見たかったのも1つの理由だな」
「……強がってはないよ。けど、私も撫でられてみたかったから、ありがたい」
幸せから、溢れるように笑顔が作られる。気持ちに従順な私の表情。過去に見たことない、心の奥底からの思いの込められた笑顔だった。
「姉さんが弟に甘やかされるのは、違和感あるけどな」
「うん。私もこれなら妹が良かったって思うもん」
「誕生日関係なく、これから兄になってもいいんだぞ?」
「姉の立場で甘やかされるから、いいのかもしれないよ?」
「そう言うなら、この関係が良いってことだろうな」
よく分かってくれている。真逆の性格をした者同士なのに、こうも対立しないのはきっと七夕くんの性格の良さが答え。無理難題を押し退けてくれる、その行動力。嫉妬は多くするけど、それでも嫌いにはなれそうになかった。
「ふぁぁっと。眠っ」
「寝ていいよ。私も、話さなくなったらすぐ寝るだろうし」
「そうか。寝顔にいたずらするなよ?」
「それは明日のお楽しみだよ。そうだ、床にお尻着いてるから、やっぱりベッドに寝なよ」
「それはまた今度な。今はこのまま寝る」
「そっか。ごゆっくり」
話さなくなったら、七夕くんが寝たら、私はその顔を見るよ。
また今度。そう言ってくれたから、私は執拗にねだることは止めた。約束を果たすのが七夕風帆だと、それも知っているから。
それから少しして、会話が途切れた時、私の睡魔が襲っていた。七夕くんを見ると、幸せそうにスヤスヤと安定した呼吸を繰り返して寝ていた。左腕は私の顔付近、右腕は掴まれたまま、まるで拘束されているのを喜ぶようで、私は静かに笑った。
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