第17話 決着

 感じ方は人それぞれだとして、パソコン先にいる人はとにかく負けず嫌い。心底負けず嫌い。俺の「ハンデをあげようか」という言葉にすら一瞬で嫌だと思うほどには。


 「別に俺も負けないならそれでいい。でも、その話に混乱させられて五目並べで負けるなら、少し心配だな」


 4つ揃えた後、それに気づかず4つ目の碁を揃えに行った幽。結果、その時点で俺の次の碁が5つ目となり、勝ちは確定した。


 『あっ……』


 気づくとボイスチャット越しにも分かる。その場に固まり、今の一手をとても後悔しているのだと。頭を抱えたか、ゴンッと両腕を机にぶつける音が聞こえる。


 煽りのように聞こえた俺のハンデ発言に、更に心配だという下に見られる言葉も相まって、今の幽には相当なダメージが入る。


 それを脳内で想像しながらも、俺は勝った満足感に浸る。どうしても勝ち越せない悔しさが晴れる瞬間。たとえ早乙女さんの指示があったとはいえ、それでも勝てたことには喜びがある。


 「これで1勝だ」


 『…………』


 拗ねたな。


 無言のボイスチャット先。ミュートにして唸っているのだろうか。1度見てみたいと思うのは友人として当然。悔しがってる姿を見て、楽しんでみたいとも思う。


 そんな幽に対して、早乙女さんはというと。


 「ナイス勝利」


 「ほぼ早乙女さんだけどな」


 ミュートにして、喜びを分かち合いながらもピースで活躍をアピールする。紛れもなく俺は何もしていないに等しい。演技は上手いのは本当かもしれない。イメージが違うだけで。


 「いやー、霊って意外と抜けてるんだね。学校で気を張り過ぎてるのかな?」


 「俺の前では抜けてるけどな。早乙女さんとはまだ本心で触れられない関係なんじゃないか?」


 「なんか勝負に勝ったのに、味方から悔しいことを言われてるんだけど」


 「冗談冗談。早乙女さんのことは大好きって話しながらも伝わってくるから、それなりに良好な関係なんだとは思ってる」


 でも、気を張り過ぎてるのは分かるかもしれない。才色兼備として知られる早乙女さんと同じような立ち位置いにいる幽は、どうしても完璧だと捉えられるから、先程からよく聞く、人のイメージにそう定着しているから。俺も昔はそうだったから、理解はある方だ。


 「だといいけど。この後は何回するの?」


 「時間的に1、2回だな。23時までだから、そう長くはない」


 「なるほどなるほど。なら終わるまでベッドでゴロゴロしてていい?」


 「ん?良いけど、なんで?」


 「色々と他愛ない話でもしようかなって。家族になったばかりだし、同じクラスメイトとしてお泊り会みたいでワクワクしない?それに、私は人と話すのが好きだし」


 「そういうことか」


 これもまた、仲を深めるための大切な時間ということ。そして、自分の暇を潰しながらも、話に付き合ってくれる俺を確保したいということ。見るからに興味を抱いたものに対して執着が凄そうな性格なので、見たまんまのイメージだ。


 「少し待たせるけど、それでも良いならどうぞ。ちょっかいをかけたり、騒いだりはあまりしないでくれると助かる」


 「うん。分かった。ありがとー」


 「俺が騒がしかったりしたら悪い」


 「大丈夫。ここは七夕くんの部屋だし」


 「それもそうか」


 静かにしてるつもりでも、聴覚が敏感な人は、俺の声でも騒がしいと思うだろう。ヘッドホンをしていると、頭蓋に響く音で邪魔されて、実際どれほど声が響いてるのか分からない。うるさいと思う人の感じ方は様々であるため、一応騒がしいくなる可能性もあると伝える。


 「よいしょっ」


 バタバタさせた足を、やっと床へ着けると、次にはそのまま前に倒れるように俺のベッドへ飛び込んだ。3日に1度の周期で選択と交代を繰り返すシーツと掛け布団。今日替えたばかりなので、清潔さは万全だ。


 それでも少しは気にする。同じ部屋に家族とまだ認識出来ない美少女が存在することが、更に拍車をかける。


 「うわぁ……寝そう」


 「色々と困ることがあるから、寝たら早乙女さんの部屋に運ぶ許可を得たいんだけど?」


 「全っ然良いよ。見られて恥ずかしいものないし、お姫様抱っこでベッドまで運んでください」


 フワフワと浮きそうな声音で、寝るのも時間の問題だと思わせるその雰囲気は、流石と言うべきか。幽に似合うそれらでも、美少女ならば共通して可愛さを持つらしい。実に羨ましい。


 「許可はありがたいけど、寝たら他愛もない会話なんて出来ないから、するなら出来るだけ起きててくれ」


 「頑張る。ちょっかいかけてでも起きるから」


 「……そっちがまだ良い」


 彼氏持ちの女子に安安と触れて、部屋にまで入ってベッドに入れるなんて、そんな罪悪感と背徳感に苛まれるのは避けるべきこと。ドMではないのだから、それが当たり前。優先順位は俺の中で決められた。


 「逆に、何かあったらいつでも振り向いてね。その時は対応するから」


 「分かった」


 ベッドホンを掛け直し、片耳だけ出してボイスチャットと早乙女さんの音を把握出来るようにする。するとタイミング良く幽から。


 『風帆くん。次やろう』


 「復帰長いな。そんな精神攻撃を与えたとは思わなかったけどな」


 『飲み物取りに行ってたからね』


 嘘かも分からないのがずる賢いというか何というか。そこが面白いところなんだけど。


 それから復帰した幽とは2戦勝負をした。が、結果なんて2敗の当たり前ゾーン。早乙女さんの助けがどれだけ丁寧で素晴らしいものか、しみじみと理解した。

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