第16話 興味の有無

 なんとなく、成り行きで始まった不正五目並べ。ミュートを解除し、出来るだけ笑い声や吐息すらも出さないように気をつけてもらいたいと思いながら、今を楽しむために全力でも有りたいと思う。


 家族として一歩を踏み出したのだから、これからはこの仲をどう運ぶかが今後の課題だ。仲いい姉弟と思われるのなら、それに越したことはないから。


 『思ったより長かったけど大丈夫?』


 「反動で少し溢したからな。ティッシュで拭いたりしてるとだいたいこれくらいだろ」


 ニコニコと笑う顔がそこにはある。嘘ついてるなんて、しょうもないことで笑ってるのだろうが、嘘をつかせて楽しそうにされると、若干目を細めるほどには思うことはある。


 が、それはそれ。別に怒ることでもないし、重要なことでもないのだから、1つのことを気にし続けることもない。今は1つ置いた碁から、早乙女さんの手腕でどれだけ高みへ登れるかを知れればそれでいい。


 『確かに。不器用で大雑把な風帆くんなら、落とさなくても溢してるか』


 「……なんか低評価だな」


 『間違いはないでしょ?』


 「否定はしてない。けど、もう少し高くても良いんじゃないかとは思うけどな」


 無限に笑い続ける早乙女さんは、声は出さないように気をつけている。しかし、ケタケタと笑うと同時に体も小刻みに揺れるので、ヘッドホンに、椅子の音や服の擦れる音が、違和感として拾われるので、もしかしたら察せられるかもしれない。


 もちろんヘッドホンからの幽の声は聞こえているから笑っている。俺への低評価も共感したらしく、右手の親指を立てて目の前に出してきた。それに対して逆さまに親指を下げて対抗するが、それでも静かに無音でお腹を抱えて笑うので、ここで誰よりも楽しんでいるのは早乙女さんとしか言いようがなかった。


 忠実に約束を守るが、ギリギリのラインを常に右往左往しているため、いつ声が漏れるかハラハラして落ち着けたものじゃない。女子の声なら俺の声とか周りで偽装出来る声ではないため、危機は常に側にいる。


 それからしばらくして、五目並べも碁をお互い20は置き合っても決着のつかない状況まで伸びた。早乙女さんは的確に場所を指定し、負けず嫌いの性をこれでもかと出しては楽しんでいた。


 俺は途中途中で幽からの精神攻撃を受けるだけのハンドバッグだった。幸い早乙女さんも力量を考えて、小さなミスをわざとしたりと、賢さ故に碁の場所を指定するので、めちゃくちゃ助かった。精神攻撃に笑うのは相変わらずだが。


 「このペースは俺の勝ちに近づいてる感じだな」


 今までの勝ちを思い出せば、長引いて幽のミスを誘発しての勝利だった。意外と忍耐力や集中力はないらしく、長引けば長引くほど頭の中が溶けていくという。テストではそれでも常に学年1位なのが不思議でならないが。


 『いいや、まだ分からないよ。慢心は敗北を生むんだから』


 「慢心はしてない。ただ、今までもそうだったから、これからも可能性は高いだろ?」


 『それはそれ、ここで負けたら明後日までに隠し事を知れないと思うから』


 「必死過ぎだろ。そんなに興味あるのか?」


 『誰でもそうとは思わないけど、ある程度の人は、自分の持つイメージと離れた言動をする人を見ると興味ってか知りたい欲が出てくると思うけどね』


 そう言いながらも黒を斜めに4つ揃える。それを見逃すことは俺でもしない。どこにも4つ並んだ碁が無いのを確認し、まだ終わらないことを把握して早乙女さんの指示なしに置く。


 同時に、今の幽の言葉が早乙女さんと同じことを言っていて、ここでも類友だと、心底ことわざを作った人を尊敬する。


 「俺の隠し事をしないイメージが崩れたってことか」


 『そういうこと。しかもそれが澪関係の話で、色恋の話なら人生で1番驚くことになる。なんて言っても、澪との関係性は無さそうだし、答えには辿り着けそうにもないけど』


 「秀才でも無理な問題を出せて喜ばしい限りだわ」


 良かったバレていない。ほら、私の演技は上手かった。そう言っているような自慢げな顔で、両眉を上げては見下すように俺を見る。膝の上に座ってるため、どうしても俺の上に目はある。スタイルが良く、足の長い早乙女さんだが、流石に床に足は着かない。


 『んー、未知だから選択肢が無限にあるんだよね。何にも無関心で無感情っぽいから、逆に何に興味を示して隠し事してるのか、それがね、広すぎて分からないんだよ』


 隣で首が上下に振られる。そういうものなのかと、俺自身分からないことなので何とも言えないが、それでも性格の違う2人の意見が一致するのは正しいことなのだと、多数派に押し負ける日本人あるあるで頷く。


 「絞らせようか?」


 会話を弾ませながらも、淡々と即座に指示される先へ碁を置く。碁の色は自由だが、禁じ手は守るので、それらを考慮して確実を狙う。白黒の碁が大量に塗れる中で、今度は俺側が4つ斜めに揃える。幽に4つ揃った碁はない。


 『絞らせたらハンデで勝った気がして嫌だよ』


 「負けず嫌いめ」


 『その言葉返すよ』


 「受け取らせてもらう」


 人は多くが負けず嫌いだ。勝負をしたことのある人ならば、勝ちを掴めず悔しさに歯をギリギリさせる人もいるだろう。少なくとも真剣勝負に於いて、負けで喜ぶ人は皆無だと思う。

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