第15話 背後から
誰がどう見ても勝ち越していて気分が良さそうなのは幽。なのに、ジャンケン1つに負けると、負けているのかと思わせられるその低くなる声音は恐ろしい。不幸を願いすぎると自分に降りかかるだろうが、それを覚悟してでも思うなら、きっと以前の俺よりも化け物だ。
『さっ、切り替えて勝とうかな』
切り替えだけは誰にも負けないほど早い。根に持つタイプだが、それは思い出した時に「あっ」と言ってジト目を細める程度。実は次の勝負に移る時は既に気にしていない。なので俺のするべきは、思い出させないことだ。
「負けませんように」
始まった五目並べ。思いを込めて、この流れのまま勝ちを掴みたい。そう思った時だった。
「うわっ!」
突然目の前が真っ暗になる。停電ではない。確かにある目付近を覆い隠すそれ。その人の体温を十分に感じて、こんなことをするのは1人しかいないと、1秒にも満たない早さで理解した。
『ん?どうしたの?』
「ヘッドホンのコードがコップに当たった。ギリギリ落ちなかったけど、マジで焦った」
『なるほどねー。落ち着いたら置いてね。時間はたっぷりあるからごゆっくり』
心配してくれる優しさに嘘をつくのは申し訳ないが、ここはバレないことを優先した。そしてここでも発揮する咄嗟の嘘。焦りからか、全く震えのない嘘ではないと思わせる声音。
幸い、学校とは違って顔は見えないので、狼狽する俺の顔はバレてない。嘘はバレやすいと幽によく言われるから、心底今で良かったと思う。流石に声では拭えない。ボイスチャットをミュートにして対応する。
「早乙女さん……いきなり何?」
小さくてきめ細やかな乳白色の手を、両腕で早乙女さんの同じ手首を優しく掴んで離す。
「いやー、暇だったから遊びに来てさ、ノックしても反応ないから気になって入っちゃった。そしたらパソコンに向かって話してるから、ゲーム中かな?と思って脅かそうとして今に至る」
「……それは俺が悪いな」
ベッドや机、コンセントの配置的に扉に背を向けてパソコンと向き合うため、ヘッドホンをすれば完璧に侵入にも気づかない。それに大声で会話するわけでもないので、耳を澄ましても俺の声は扉の外にも聞こえない。
そういうことが重なった結果、今心臓をバクバクさせる原因を作ってしまった。何もかも自業自得である。
「声は出さないでくれたのは良かった。相手は幽だし、バレる手前だったけど」
「あぁー、これが霊とのゲームか。なるほど、この時間にやってるんだ」
「知らないで来たなら神プレーだな」
目を開いて、入浴前に話をしたことを思い出して驚く。俺の今後が懸かった勝負に、危うく今この瞬間に決着がつくとこだった。
「それで、暇つぶしって言ってたけど、あと1時間はゲームしてるから今からは付き合えない。その後ならいけるけどどうする?」
「んー、どうしようかな」
悩む姿を見ると、折角来てもらってそのまま帰すのも申し訳なく思う。そして俺はこういう時は悪知恵が働く。
「良かったら五目並べする?俺がやってることにして、早乙女さんが指差したとこに碁を置く。声を出したりは出来ないけど、無言だと声出せないって縛りあって楽しめると思うけど」
あくまで提案。幽からしたらムカつき案件だが、それでも俺が明日グチグチ言われて、不幸になれと呪われるなら構わない。今は家族として仲を深めようとしてくれた早乙女さんの優しさを、無下にするわけにはいかない。
なんと答えるか、内心ではドキドキしていたが、その動悸は一瞬だった。
「いいね!やる!」
気にせず俺のベッドに座っていた体を、衝動に駆られた瞬間に前のめりになり立つ。両手に握り拳が作られ、やる気は俺以上の様子。
「元気だな。22時なんだけど」
「そりゃ元気だよ。楽しいことが出来るなら、今からでも元気出るよ。終わればすぐに寝れるし、気負うことがないもん」
「ははっ。確かにな」
思わず笑みが溢れる。夜行性でもないだろうが、興奮してこれから2時間は寝られないような雰囲気に、俺も巻き込まれてしまいそう。
「イスは無いけど、早乙女さんの部屋から運ぼうか?」
「面倒じゃない?膝の上とかダメなの?」
「あー、良いよ」
罪悪感はまたしても出てくる。乗られても軽くて痛みはないだろうし、何よりもそのワクワク感を削ぐのは良くないと思った。俺も下心が無いわけでもないが、人と比べると圧倒的に無いに等しい。気にする方が失礼だからこそ、俺は承諾する。
「ありがと。では失礼」
お風呂は2人とも上がった。同じ洗剤を使ったのだろうが、匂いは別のように感じる。意識して吸ったわけではなく、無意識に「あっ、いい匂いだ」と思うほど。時間は経過していても、若干残るそれらは、ゼロ距離ならとても分かりやすい。
輝きを放つその黒髪に、艶は倍増しているように見えて、なんだか見惚れてしまう。前に座るからこそ全体が。
「重い?」
「全く。ホントに軽いな」
「えへへ、どーも」
「座るのはいいが、何も話すなよ?笑いも堪えるんだからな?」
「ふぅぅー、善処します!」
きっと堪えられなくなるだろう。だがその時はその時。今はただ楽しさを求めるのが最優先。それに、罪悪感に駆られても、不思議と消え行くから、今はもう楽しむことしか頭になかった。
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