第76話 知った

 いつからか、寄り添わないといけなかったことが、寄り添いたいと思うようになっていたのかもしれない。だとしたら、今の俺の気持ちは固いだろう。これまで目を逸らすように避けた、目下の気持ち。それは実は恋だったのではないかと。


 「珍しく、お前が何かに悶てるっぽいし、聞くなんて野暮なことしないけど、役に立ちはするぞ」


 「助かる」


 けどそれまで。これは俺の問題であり、恋愛なんて他人からしたら無関係なことを手伝わせるなんて、正直情けない。自分の恋には自分で向き合わなければ。助けなんて受けてては、先を見れない。


 「幽のことでもないなら、尚更な」


 今更だ。幽とのことで悩みを抱え、わけのわからぬ痛痒に、心を苦しめられるのなんて皆無だ。そんなの翔じゃなくてもお見通し。図星だから狼狽を見せることもない。


 「それなら、逆に手伝いは必要ないと言うと思ったけど?」


 「ほんの少し、お前で遊ぶ相手に興味があるからな」


 「暇人かよ」


 「意外と高校生って、暇人なんだぞ」


 「どうだかな」


 暇だから、人はその穴埋めを探す。俺ならゲームや徘徊、翔ならゲームだけ。だけれどそれは、人による。もし家族に血の繋がりのない美少女が居たら?毎日刺激を与えられたら?それはもう暇なんてない。


 「お前も、どんどん俺たちみたいに、騒がしいやつになんのか?」


 「いいや。騒がしいのはゴメンだ」


 だから、騒がしい方へ行くのではなく、静かなこちらへ連れてくる。


 「あっそ。高校生なんてあっという間に過ぎていくらしいからな。今のうちに、バカしてる方が絶対に楽しいぞ」


 多分、お前よりもバカしてる。なんて、口に出して言えるのなら、俺も言ってみたい。そうなれる関係へ、進みたい。


 言い残すように目の前から立ち去る翔。


 「どこに行くんだ?」


 「そろそろお仕事の時間だろ?お前も定位置について、声量だけでバケモノになれよ」


 片腕を挙げ、何も背負っていない、頼りない背を向けて、でもそれが羨ましくも思えて、俺は時計を見る。残り2分もせずして、文化祭の始まりだ。


 「そうだな。ありがとう」


 姿も気配もない。だけど俺は、先程の背中に対し、感謝を。何を得られたかなんて、そんなのは些末で曖昧。けれどそれが当たり前で、人間の知らない感情に気づく瞬間は、どれもこれも雑。だから俺は問題視しない。


 もう、分かるようになった気がしたから。


 呼ばれた幽も、友達とその場の定位置に行ったのだろう。教室内、驚かせる役の中で唯一、俺だけが休憩室に立っていた。


 閑散としていて、寂寞の、自分だけの世界のように静寂が包む。なんでも考えれて、なんでも集中出来るように、感覚が研ぎ澄まされてる感覚がある。暫時、俺は無駄に自分の気持ちについて考えると、定位置に向かって、桎梏が解けたように歩き出した。


 これまでは多くのことを悩んだ。生き方も、好きなことも、人間関係も。生きる上で、誰もが突き当たるような悩みに、何度も足を止められた。聳え立つそれらは、どれもこれもが難点で、簡単には登りきれなかった。


 けれど、そのたびに悩みを抱え、解決した先駆者が俺に指南してくれた。これもそうだ。


 早乙女さん本人から、おかしな距離感で詰められて、あれこれと考え事を増やされた。そして幽姉妹に、自分がどうしたいのかを自問させられた。可奈美さんに話をされて、自分がどう接するべきかを教えられ、翔に同じ男としての視点、似た性格からの視点で、自分の在り方を教えられた。


 結果、これだ!という絶対的な解決はなかったが、間違いなく正解に近づけた。好きがどういうことなのか、それを俺は――もう知った。


 誰がなんと言おうと、それは俺だけの想いだから、共感されなくたっていい。小学生のように、運動が得意だから好き、元気だから好き、なんてのも立派な恋心であるからこそ、そんなちっぽけで可愛げのある恋が始まりでもいい。


 俺は、俺らしく。それが恋をする上で、何よりも大切なことだろう。


 時間は必要だった。他人に興味はなく、早乙女さんにも理解してもらえないほど、人との隔たりを勝手に作っていた俺だったから。


 しかし今は違う。強制的に関わりを持たれた俺と早乙女さんの間に、そんな自分勝手な境界線は、呆気なく砕け剥げた。プライベートにも乗り込み、俺の部屋を自分の部屋のように飛び回り、姉弟との関係を築こうと「家族だから」というフラグのような邪念を前に、距離を縮めた。


 その結果、俺は勝利した。受け入れて、楽しんで、笑い合って幸せを得た。実に羨ましくて、誰もが垂涎するような内容だろう。そんな関係を築くことを、俺は幸せだと思う。


 俺は、早乙女さんが好きだ。


 はじめましてから、関わることに対して嫌悪感はなかった。それがもう、不思議なことだったが、今思えば運命というやつなのかと、バカバカしくも恋は盲目らしく浸る。


 今に至るまで、1つの不満もなくて、触れることにも抵抗はなかった。その時から、俺は染まり始めてたんだ。


 やっぱり、恋なんて苦手っぽいな。


 想うだけで、顔が火照る気がした。感情なんて表に出すことは苦手なのに、不意な喜怒哀楽はすぐに顔に出る。実に恥ずかしいものだ。


 定位置につくと、俺は切り替えた。即座に、とはいかないものの、好きを知った後にしては早かったんじゃないかと思う。


 これからこの気持ちをどうするべきなのか、俺には解決策はない。伝えるべきだとは、思っているけれど。

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