第77話 良いのか
文化祭が初めてだから、こんなにも動悸が激しいのではないのだと、分かってしまったことが苦しかった。まだ始まる10分前。それぞれ役を経た人たちは、クラスを回ったり、演劇を楽しんだりしている。
そんな中で、私はまだ教室内に残っていた。友だちから、どこに行くかと迷われて問われたからだ。正直、私は行きたい場所も、見たいものも絞れるほど余裕はなかったから、微笑していただけだった。
友人に囲まれることは幸せ。しかし、それと同等、いや、今は、少しだけ超える幸せが掴めるような気がしていた。七夕くんを好きになることだ。
だから、何故か驚かせ役に選ばれた七夕くんを、私は文化祭を一緒に回ることに誘おうとしていた。そうすれば、きっと私の気持ちも答えが出ると思ったから。
「どうしたの?澪。さっきからボーッとしてるけど」
「あぁ……うん。睡眠不足かな」
嘘だ。最近なんて快眠だ。悩み事を抱えても、私は睡眠に影響することはない。
「そう?私には霊ちゃん見てるように見えたけど」
それは正解でも違う。霊と話す七夕くんを見ていたから。
「相変わらず、あの2人って仲いいよね。人気もあるし、お似合いだし。あれで付き合ってないのが不思議なくらいだよ」
その通りだ。七夕くんが唯一興味のある異性で、気負いなく自由に話せる相手。話す距離なんて肩が触れ合いそうだし、移動教室では時々霊を背負う時もあるほど、仲の良さは見て分かる。
そんな2人を見て、お似合いと思わない人はいない。私だって、嫉妬しながら目を細めて見るほどに、悔しくもお似合いだと思ってる。
だから、「そうだね」とは言えなかった。言いたくなかった。私とそうであってほしかったから、見続けるのも嫌だった。
「あの2人のどっちかに恋したら、負けだよね」
ハッとした。表情にも、行動にも出てないけど、心の中での冷や汗は尋常ではなかった。誰もが共通して認識していること、それを耳にしたくなかったのに、不意に聞いてしまったから、私の体は無駄を省いたのだ。
驚きが、絶望に近いと、こんな驚き方をするのだと、身を以て知った。
「どっちかというと、霊ちゃんがモテるらしいけど、七夕くんも並よりは上らしいからね。2人の間に入る勇者は居ないから、告白回数も少ないって聞くけど」
「澪?さっきから固まってるよ?」
「……ごめん。眠くてボーッとしちゃうんだよね」
「珍しく元気ないよね。いつも騒がしいのに。睡眠不足以外に何かあった?」
八尋先輩と別れて、それから私はいつも通りの陽気な私で、クラスのみんなと接していた。だから思うのだろう。目立つからこそ、余計に強く。
「ううん。睡眠不足だけ」
「ふーん。ならいいけど、何かあったら言うんだよ?そういうの口に出さないと分からないから」
口に出さないと分からない……か。それはなんとなくそうだと思う。いつまでも隠して、分からないと言って、見て見ぬ振りをする。そうすることで、気づいてないことに出来て、嘘偽れるから。
やはり、何事にも目を背けることは出来ないのだろう。私の依存としての希望を持って確かめたがる気持ちにも、七夕くんと霊の距離感が、私よりも深くて短いものだということも、そして、好きだということにも。
「うん。隠し事はしないから、大丈夫だよ」
「なら良いけど。ほら、行くよ。演劇とか、時間制だから、遅れると座れなくなるし」
「そうだね」
今は少しでも、霊と七夕くんの笑顔を見るのは避けたかった。2人の幸せそうな顔を見ると、胸の苦しみに耐えられなくなるから。依存で、私がこうなるのならば、多分それは心の病気だ。
しかし、流石にそんなに、依存として片付けられることばかりが、起きていることはない。依存ならば、私が供給出来たらそれでいい。けれど、私はそれよりも更に求めて、側に居たいとまで思う。
霊と談笑するのを見て、嫉妬し、苦しむ。これは依存とは言えない。依存を遥かに超えた気持ちだ。だったら何?それ以上を知らない私だったら、多分そう言ってた。
けど、今は分かる。私は目を背けたくなるほど、七夕くんのことが好きなのだ。
友だちに手を引かれて、こんなにも早く立ち去りたいと思ったことはない。引く手は強くなくて、優しく誘導されているのに、心の痛みは消えない。
離れても、視界に入らない場所に行っても、脳裏に焼き付いたあの瞬間が、1つの恋心を締め付けた。今もそうしてるのかと思えば、文化祭なんて楽しむことに切り替えるのは難しいものがあった。
体育館に入って、演劇を見る。戻って喫茶店に寄る。グラウンドに出て、スポーツの名場面を覗く。どれもこれもが新鮮で、目で見て楽しむには良かった。
それでも、2人のことは消えないけれど。
私に入る隙はあるのだろうか。ということばかりを考えていた。恋愛は自由でも、叶うかは別問題。無理だと知る恋愛に突っ込むのは、無意味なことでもある。
私が、恋愛をしてもいいのだろうか。思い出してみると、八尋先輩とはいえ、付き合う中で七夕くんとの距離を縮め、好きになるようなことをしていたと言っても過言じゃない。
そんな私が……。
好きになっても良いのか。そんな最低な私が、誰かに想いを伝えて、幸せになっても良いのだろうか。
ネガティブになる私の気持ちは、文化祭ではどうしようもなかった。
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