第78話 だろうな
文化祭は、私にとってはただのお飾りでしかない。楽しむことに重きを置くのであれば、それはもう友だちと思う存分楽しめた。しかし、邪念込みで、だが。
文化祭も終わり放課後へ。私は今日も、なんとない日を当たり前のように過ごしただけだった。笑って楽しんで、いい思い出だと語り合う。
そんな私の前に、今、何かを企んでいるように立つ友だちが居る。本日の私の最大の敵とも言える存在の。
「澪、一緒に帰ろう」
霊の、選択肢をなくした、強制的な帰宅要求。ジト目の何を考えているか分からない良さは良さでも、時にそれは私の感情によって受け取り方が大きく変化する。
「……いきなりだね。良いけど、今日は七夕くんと帰らなくていいの?」
日頃から、七夕くんと霊は1人で帰ることも、2人で帰ることも半々だ。好きな時に好きなように誘って好きなタイミングで帰る。それが許される存在として、ノンストレスで関われることは、好きを知る私には正直羨ましい。
「風帆くんはもう帰ったから」
指差して、七夕くんの席を見ろと。そこに姿はなく、気づけば私と霊の他に、人は8人ほどだった。いつの間にか考え事に取り込まれてたらしい。
「珍しいね。霊が私を誘うなんて」
「そう?……あー、そうだね。今日は気分で誘ってる。久しぶりにお話しながら帰ろうかってね。帰る方向も同じだし」
窓の外を見て、夕焼けがオレンジ色に街を照らすことに、感動したのか、微笑んだ。私にはそれが、怪しさを増すだけの行為にしか見えない。
「それもそうだね。1人よりも2人の方が楽しいし、帰ろうか」
文化祭にカバンは不必要。机の上にも中にも、リュックから出して用意するものなんてなにもないから、私は机の隣に掛けた、アルファベットロゴを刺繍で入れた、黒を基調にしたリュックを手に提げ、席を立つ。
立つと、隣の友だちとの身長差が広がる。150cmの霊に対して、160cmの私。妹が居るような感覚だ。
「それで?何を話すために、私と帰るの?」
教室を出てすぐ、企んでいる霊にコソコソと何かをされるのは、少しばかり気になって落ち着かないので、自分のこのモヤモヤを消すと同時に聞いた。
「ん?そんなの1つしかないでしょ」
「……七夕くんのこと?」
「ふふっ。やっぱり風帆くんのことだと思うんだね」
「何?試したの?」
霊は昔から性格が読みにくかった。秀才だから、というわけでもなく、単に私の扱い方が上手なのだ。私限定の行動心理を読み解くように、一歩先を行かれているのだ。
「試した、と言えばそうかもね。それしか思い当たる節はないだろうし、私もそれ以外考えてなかったから」
「相変わらずだね」
クスクスと、自分のその空白の溝を埋めてくれるなら、霊は鷹揚としたいつもの雰囲気は消してしまう。今のように、退屈で暇な時間を過ごすなら、私で遊ぶようにして、そのジト目にマスコットは存在しない。
「まぁね。私は面倒と退屈が嫌いだから」
隣歩いて話しているのに、目が合うことはない。常に前だけを見て、それでも「お前の気持ちは理解してる」と言わんばかりの圧倒的な感情操作は、喝采ものだ。
玄関まで到着すると、上履きからローファーへ履き替える。そんな何の色もない、青春とも薄い学校での当たり前を経て、私たちは校舎を後にする。
「澪は今、何か風帆くんのことで悩んでたりする?」
ここで初めて、私の目を見て問う。そんなの、私の反応を探るためだと、誰でも分かるよう大胆に。
「悩んでるように見えるから、誘ったんでしょ?」
「そうだけど、本人がそうじゃないって言うなら、話題は変えないといけなくなるじゃん?」
「はぁぁ。そんなの、今更通用しないなんて、1番分かってるでしょ」
長い付き合いだ。人の違和感は、鋭い霊なら余計強く察知する。
「どうだろう。風帆くんと関わりすぎて、そうでもなくなってるかもよ」
だとしたら、ニヤニヤして問う意味を説明出来ないだろうに。
「とにかく、私で遊びたいのは分かったから、好きなように聞きなよ」
「澪を怒らせるようなことは全く言わないし、するつもりもないよ。だから、そんなに何かに怯えるように、焦りでプンプンしないでよ」
「…………」
感情すらも露呈しやすいらしい私は、霊の前では歯が立たない。隠し事すらも看破されるし、動けば何をしようとその行為に至ったのかを知られる。分かりやすいというより、霊の洞察力が人間離れしているだけ。
「……私に得があることを言うの?」
「それは澪が決めること。私は単に、聞きたいことを聞いて、好きなことを話して、澪と風帆くんの間を好きなように右往左往するだけだから」
「何それ」
心理は読み解きやすいものと、読み解きにくいものと分かれている。どれもこれも、人の才能に左右されるものだが、少なくとも今の霊には、私は掌の上なのだろう。
「単刀直入に聞こうか?」
更に増す、自分の欲求を満たすための不敵な笑み。秀才には、抜けている部分があると聞くが、霊の場合はその欲求だろう。
「その方が早く解決しそうだし、お願いするよ」
「そう。じゃ――澪は風帆くんのことを、恋愛対象として好き?嫌い?どっちかで答えて」
まぁ、だろうな、とは思ってた。けれど、来ると分かっていても、目の前に突然物が迫ったら瞬きをするように、私の心はキュッと締まった気がした。
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