第79話 嫌いで好き
「答えられないなら、この話は終わりにするけど」
実にいじわるで悪魔だ。神出鬼没の幽霊さんなんて、マスコットとして立場を確立しているが、裏というか本当はこんなにも真っ黒な女子。賢く自分を隠し、その目つきと行動で相手を混乱させる。その果てに、ミステリーな雰囲気を醸し出すので、私は恋愛面に於いて、霊が怖くも感じる。
校門を抜けて、帰路へと確実に着く。その間で止まることはなく、逆に速まる足は、私の心理を表していた。
「……聞いてどうするの?」
「あははっ。その反応の時点で、澪は風帆くんのことが好きってことが分かったよ。だから聞いて、私は次の話に進むことを今決めた」
どうせ、100%に近い確率で、私が七夕くんを好いていると思って聞いてきたんだ。今更、「あっ、えっと」なんて狼狽するより、堂々としている方が性に合う。
「あっそ、好きにしなよ。私はもう隠す気もないから」
「拗ねた拗ねた。そこが、風帆くんのお気に入りなのかな?」
「…………」
ムカつく。自分の次だからと、そういう意味を込めて言ったのではなくとも、自分は既にお気に入りの部類だからと、高みの見物をする。
「そんなことよりも、何が言いたいの?」
「簡単なことだよ。好きなのを諦めろって忠告するんだよ」
「……は?」
可能性はあった。「競い合うと私が勝つから、今から諦めた方が良いよ」と言われる未来は、過去に見ていた。しかし言われてみると、霊も七夕くんのことを好いていることが確実となり、一層嫌悪感というか、落ち着きが消えた。
「だから、私も風帆くんのこと好きだから、邪魔しないでって言ってるの」
「……それは……」
笑顔の奥は――笑ってる。本気の忠告にしては、優しくて軽い言い方だけど、本気なのかも掴めない私には、本気と受け取るしかなかった。しかし、次の瞬間。
「なーんてね」
「……なーんてね?」
思わず復唱し、風の吹いた風鈴のように、突然クスクスっと、綺麗に笑う。
「私は風帆くんのことは好きじゃないよ。過去に好きだっただけで、今は親友で十分だし。今のは、澪がどういう反応をするのか見たかったからついた嘘だよ」
いつもならお腹を抱えて笑うほどの内容なのに、お淑やかで優麗な笑みを溢す。風帆くんの恋愛のことになると、少しばかり過去が干渉して、思うところがあるのだろうか。
「満足する顔と反応だったし、今日はいい日だよ」
「それだけを知るために誘ったの?」
「ううん。まだあるよ。澪の、その迷う気持ちを取り払うのが、最後に残ってる」
なんでこんな、胸の奥底に秘めた思いまでも、この悪魔は見つけるのだろう。閉まって、誰も触れることが出来ないように、一切思い返すこともなかった想いに、再び気づかされては、流石に私でも制御は難しい。
「……何で?」
「そんなことをするのかって?私は最初から、澪を風帆くんとくっつけるつもりだったからね。家族とはいえ血の繋がりはない。お互いに心の傷は少なくともあって、家の中では澪なら距離感が近いだろうし、そうなれば、きっと面白い展開を作れると思ってたし」
自分の暇潰しに、他人の恋を実らせる。こんなにもバカげて、面白い内容を描けるのは、きっと私の知る中で霊だけだ。
「どうせ今頃、早乙女澪は七夕風帆に対して好意を抱いてる。だけど、私は八尋先輩とのあれこれがあって……って悩んでると思ってたから、私は今動いたの。それを感じた?」
「……感じた?」
「私は今日、澪の前で風帆くんと堂々とイチャついてやった。その時に感じた澪の気持ちがもし、恋愛感情としての好意ならば、と思ってたんだけど」
つまりは、全て私の嫉妬は霊が仕組んだこと、というわけだ。誰と話そうが、嫉妬はするし私も、とは思ってた。けど霊と話すとこを見ると、どうしても嫉妬の限界を超えていたように感じた。きっとそれが、焦燥感からの嫉妬なのだろう。
「どう?どう?」
小柄な体躯を、興味だけで押し付ける。興味津々なのは愛おしくも、鬱陶しくもある。しかし、あのことが意図的だと思えば、何故か落ち着いた。心が安らぐ気がした。
「そうだね。私は確かに好きだと思うよ、七夕くんのこと」
間違いない。穴埋めをしてくれていた、八尋先輩よりも、圧倒的に埋まる速度も質も桁違いに心地いい。
「けど、好きとは伝えられないよ」
最低の上で成り立つ恋なんて、私はしてはいけないと思うから。
「私は八尋先輩と付き合ってる時から、こうして七夕くんと接してきた。家族だからって言葉に頼って、好き勝手穴埋めをしてた。そんな私に、今更恋愛なんて、最低な女としてしか見られないよ」
たとえそれを、七夕くんが知らなかったとしても。私の中で行き続けるその邪念は、消えることはないだろう。
「なるほどね。考えすぎのパターンか。別にそんなの、どうでも良いと思うけどね」
「え?」
「家族になったなら、関係を深めることは当たり前。しかも恋愛とかそんなのにお互いに興味なくて、知った頃に恋してたってことなら、別に悪いこととは思わないけどなー」
淡々と、その表情に私を責めることも、正しいと肯定することもなく、別にいいんだよと、優しく含んだ言葉を投げかけてくれる。
「確かに付き合ってる時に、恋愛対象になるかもしれない人と、それを願って接してたなら悪辣な人間だと思う。けど、澪は違うでしょ?普通に接したくて普通に幸せに家族として過ごしたかった。その延長線上で、好きになっただけ。仕方ないで片付けるには言葉足らずだけど、その恋に目を背ける理由にはならないと思うよ」
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