第57話 やり返し

 そのスマホの明かりが完全に消える。それで私は確信した。


 助かる、と。


 だから思わず恐怖の中でもニヤついた。追い込まれていたけど、それを払拭するように嘲笑う。今のお前は醜いのだと、そう思わせてやる。


 「あぁ?何が面白い?」


 答えれないというのに問いかける。私の体を自由に触りながらも、少し眉を寄せて嬉しそうじゃないのは不服だが、別に気持ちよくもなにもないから反応もしない。


 ついに触れられた下着。今度は私が眉を寄せたが、でもそれは一瞬のことだった。もうその先は触れられないのだと、扉の外に人の気配を感じて思った。


 次の瞬間、ダンッ!と強く開けられる扉。桎梏から抜け出せない私を見て、一瞬にして八尋先輩を睨む彼。それに気づいて視線を向けた八尋先輩は、彼を睥睨する。心が綺麗で、大切にするものを汚された人の、憎しみの目は、私に途轍もなく響いた。


 「大丈夫か!早乙女さん!」


 息は絶え絶え。全力疾走してきたのだと伝わるその姿に、私は安心感で脱力してしまった。同時に、うるっと、目頭が熱くなる。


 来てくれた七夕くん。実は、心配性だからと言う理由で、一応電話を常に繋いで、何かあれば駆けつけるという約束をしていた私たち。下で待っていた七夕くんは、即座に部屋番号を聞いて駆けつけてくれたのだ。


 「……誰だ、お前」


 「その前に早乙女さんから離れてください」


 怒りと、全力疾走により、心拍数が跳ね上がっている様子。落ち着いているのも、アドレナリンの分泌が激しいからだろう。


 扉は閉じられ、薄暗く戻った部屋の中。体の中から八尋先輩の手は除かれ、私の目の前に立った。嫌な予感が漂う。


 「離れたぞ。もう1度聞く。お前は誰だ?」


 「俺は早乙女さんの友人だ」


 「友人?それにしては躍起じゃねーか。もしかしてお前たちも浮気してたんじゃねーのか?」


 「あんたと一緒にするな。俺はそんな幼稚な土俵には立たない」


 「はっ!そうかよ。んで?お前はどうするんだよ」


 「どうもこうも、早乙女さんをあんたから離す。それだけだ」


 一切動じない。相手に勝つ負けるで頭を回転させていないのだ。自己犠牲を良しとする七夕くん。今のこの状況的に、何が起こるか予想は出来ない。


 「離す?おいおい、お前は他人のプライベートに文句言うのかよ。俺たちはただスキンシップをとってただけだろ?」


 「そうには見えないし、聞こえなかったけどな」


 「でも証拠はどこにもない」


 「証拠?それは


 「は?嘘言うんじゃ――」


 八尋先輩の発言の途中、扉が再び開かれた。店員かと思われたが、タイミング的に違うと分かった。ゆっくりと奥から入るマイペースな人影。私服を見たのは久しぶりだった。


 「どもー、風帆くんが入る瞬間に、後ろからスマホだけ出して撮ってましたー」


 と言って、スマホを見せる。そこにはしっかりと、私が襲われている写真が写っていた。七夕くんのスマホじゃないのも、考えられたものだろうが、助っ人も用意するとは準備万端だったらしい。


 流石は神出鬼没の幽霊さん。


 「どうする?あんたはこれで強姦の証拠が残った。それにあんたのしたことは、校則を超えて国の法律に触れたんだ。もう金輪際、早乙女さんに近づかないでくれ」


 「……ふっ。なるほどな。手のひらの上だったってことか」


 もう自分のしたことがどれほどなのかを理解した。だから吹っ切れるつもりだ。雰囲気が明らかにおかしい。私を襲う時よりも数段イカれて。


 「まぁ、証拠を消せば良いんだからな。ひょろひょろと女1人なら余裕だ!」


 2人へ向かって駆け出す。犯罪という言葉に脅され、もうどうしようもないと思ったのだろう。私よりも遥かに速い瞬発的な速度。


 しかし、2人は動かなかった。いや、前に立つ七夕くんは逃げる気配も避ける気配も皆無。手を上げることは確実で、そんな極悪非道な人間に対しても、臆することはなかった。


 「それを!渡せ!!」


 霊の持つスマホを取るため、証拠隠滅のために、まず先に七夕くんへと拳を振り上げた。


 「七夕くん!」


 流石に危険だったから叫んだ。逃げてほしいと、切実に思った。それでも七夕くんは避けなかった。


 真剣な目つきでその拳に殴られる。頬に鈍痛が走って、思わず「うっ」と言って片膝を曲げた。八尋先輩も、対応してくると思ったのか、七夕くんの予想外の受け方に足を止められた。


 「……同じ土俵には立たない。これで2つ目の犯罪だな」


 後ろではスマホを構え続ける霊。七夕くんが殴られる瞬間を、スマホは捉えても、霊は見ていられなかった様子。顔を背けて、目を瞑っていた。


 「っく!クソがぁ!」


 もう躍起だ。次はスマホを持つ霊に向かって拳が向かう。が、それは自ら負けに行くのと同義だった。いつもと変わらないジト目だけど、その瞳の奥には確かな憤りがある。


 「ふふっ。再见ザイジィェン


 霊と別れ際に聞く言葉。中国語であり、さようならと言う意味だ。怒りの笑みから繰り出される体術。伸びた右腕を掴むと即座に力を加えて引っ張り、前に倒れるよう勢いよく迫る八尋先輩のこめかみに、横から強めに掌底を披露してみせた。


 耐えられるわけもなく、前から横に突如として変化した勢いの流れに抗わず、倒れてしまう。


 「これは多分1時間は起きないやつかな。その間に殴ってあざ作る遊びでもする?」


 掌底ではまだ発散しきれないものがあるらしい。

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