第11話 ピザ

 何を頼むか気になれば、早乙女さんはチーズ好きだったようで4種のチーズが載せられたクアトロフォルマッジや、刺激を求めてスパイシーピザをサイズ最大で1枚ずつ。最後に炭酸飲料を頼んでと言われた。


 少食である俺には到底食べれない量。でも言わずもがな、食べらるというから頼んだ。つまりは、早乙女さんが食べる人。


 既に届いたピザを、取って戻って来たら、その瞳は純粋無垢な少女そのものの輝きを放っていた。お求めのものが手に入った時の感動を、今目の前で味わっているらしい。ピザを食べるよりも、出前を取ったということに感動していそうだ。


 「うわぁ!めちゃくちゃいい匂い!」


 テーブルに置かれたそれらから匂う、チーズとスパイスの匂いに、深呼吸をするかのように空気を吸い込んで、幸せそうに笑みを浮かべる。


 「七夕くん、早く食べよー」


 「はいよ」


 キッチンで無駄に出した調理器具たちを、元あった場所に戻す。そんなに量は無いので、その呼びかけにすぐに応えて、18時過ぎ、いつもより早めの晩ごはんとなった。


 「それじゃ、いただきます」


 「いただきます」


 丁寧に合掌し、向かい合うように座る。この時、俺は既に早乙女さんを意識してご飯を食べることなど、気にすることはなくなっていた。気にすること自体が面倒なんだと、俺の面倒嫌いの脳内らしく、無意識に働く。


 先にクアトロフォルマッジに手を付けた早乙女さんに対して、スパイシーピザに手を付ける。右手を出した時に、取りやすかっただけ。


 切り離されたピザを溢さないよう手に取り、そのまま口へ運ぶ。ハムッと熱いピザを噛み切ると、すぐに味蕾がそのスパイスを感じ取る。


 一瞬で辛いとなる辛さではなく、徐々にその強さを増していくタイプ。心許ないベーコンや野菜類を噛み、その辛さだけに意識を持っていかれないように、味を楽しむ。


 早乙女さんはというと。


 「んー!美味しいの一言!語彙力なんていらないほどに美味しい」


 「チーズ好きなんだな」


 「めっちゃ好き」


 んふふーと、頬がとろけそうな勢いでニンマリとする。瞼をギュッと閉じては、その幸福度を知らせてくれる。それに感化されるように、俺の心の中でも似た気持ちが生まれていた。


 「七夕くんも食べてみなよ」


 スパイスで麻痺ってる舌に、正確なチーズの味が捉えられるとは思わないが、味が強いことを信じてこちらも口へ。


 すると広がる食べたことのない、匂ったことのないチーズの香り。4つといっても、どれも単品で食べたことはないし、噛んだこともないため区別はつかない。それでも分かることは、確かに美味しいということ。


 歯ごたえのある生地に載せられた、とろけるチーズ。それらが口の中で混ざり合い、スパイスなんて凌駕するほどのクセになる匂いと味を広げる。


 「美味しいな」


 「でしょ?これはたまらんですよ」


 「チョイスが上手いのか、全部美味しいからチョイスミスがないのか、どっちなんだろうな」


 「それは、チョイスも上手くて全部美味しいからに決まってるでしょ」


 「納得」


 自信満々に、俺の予想を裏切らない答えを出してくれる。幸せ脳であるからではなく、常日頃からこの答えに辿り着くほど良い性格をしているだけ。


 確かに体のどこを見ても幸せそうにしか見えないが、それでも変わるのはその可愛さだけ。


 それから目の前のピザは、俺1人の4倍ほどの速さで消えていく。正直5切れ食べたらお腹は限界と言っていたのだが、その時スイッチの入った早乙女さんはとっくに二桁へと踏み入っていた。


 無くなりかけのピザ。何が良いかって、俺を気にせず食べ進めるとこだ。変に、食べ過ぎかな?とか気にせず、遠慮しないで食べてくれることが楽だった。


 限界だしな……。


 「最後の1切れ、食べる?」


 「30分待ってくれるなら」


 「あはは。限界だったかー」


 手に持つスパイシーピザ。どちらかといえば入る方だが、胃は求めてなかった。炭酸飲料を飲み物にしてしまったせいもあり、膨れてしまっている。久しぶりの満腹だ。腹八分目なんて優に超えて。


 「あーん、してあげようか?入るかもよ?」


 「……美少女のあーんは受けたいけど、彼氏持ちだとな。男子にそんなことするのは良くないぞ。彼氏さんも泣くかもれないし」


 途轍もない罪悪感が湧いてくる。


 「大丈夫だよ。家族だし」


 「いや、家族だったら逆にしなくないか?仲が良かったらあるかもしれないけど、今はまだ段階的に早いだろ」


 「そう?でも血の繋がってない家族として、真新しい家族としてならあり得るでしょ。確かに仲はまだ深くないけど、やましいことはないんだし」


 「まぁ……言われてみればな」


 「はーい。ってことで食べてー」


 「満腹関係なんだな……」


 無理矢理というやつだ。満腹なのだが、もう食べさせる気しかないようで、すでに目下に迫ったピザ。口を開けるしかなかった。


 「はい、あーん」


 「…………」


 恥ずかしさを噛み殺して、三分の一を噛み切る。


 「んふふー。これ、やってみたかった。七夕くんならどんな反応するんだろうって思ってたけど、中々良かったよ」


 「遊ばれるのは勘弁してくれ」


 こんな展開になるとは全く予想も出来なかった。楽しさに飢える性格でもないだろうが、こうして遊ばれるのも日常茶飯事になるのだろうか。

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