第10話 出前
驚かされはしたが、実は少し良かったとも思っている。不審者では無かったということもそうだが、料理に関してだ。まだ始めていないため、食べたいものを直接聞いて作ることも可能。少しは美味しいと思われる料理を作れそうだ。
「そんな興味がない七夕くんと違って、今私は七夕くんの作る料理に興味があるなー」
「不審者に作る料理なんてないけど」
「いじわる言わないで」
「自業自得だ」
「次からは気をつけるから」
「はいはい」
この手の性格は相手にしやすい。普通に話しても気まずい雰囲気にはならないし、地雷を踏んでもカバーの才能が長けているのでスムーズにサポートしてくれる。とはいえ、そんなに地雷を踏むことはないが。
帰って早々、キッチンにいる俺に対して早乙女さんはソファでテレビをつける。もちろん一緒に作るなんて展開はないし求めてない。家族としての距離は近づけたくても、その他はいらない。むしろ面倒そうなので今はいい。
「食べたいものある?」
キッチンからソファへ。離れてないし、テレビにかき消されるほどひ弱な声でもない。
「んー、不意にこれ!ってのはあるけど、聞かれた時って出てこないんだよね。つまりは何でも良いってこと」
「了解」
共感出来た。罰ゲームを考える側になった時と同じで、普段から遊ぶ時は、悪知恵が働いて嫌がる罰ゲームを思いつくが、決めてと言われると何故か思いつかなくなる。それは日々の幽とのゲームでもあるあるなので、それはもう激しく共感だ。
「そうだ。今日は父さんと可奈美さんは残業で、外食してくるらしいから、俺と2人で食べるんだけど、一緒に食べるか?一応だけど、まだ気にするとかなら別に作るけど」
意識してしまって食べられないというのは、食事に於いて最悪なこと。せっかくの1日の最後の食事なのだから、満足して食べ終わりたいもの。邪魔するなら時間をずらして1人で食べる。
俺の問いかけにサッと振り向く。靡くボブカットの艶髪が、その振り向きに倣って揺れる。目を奪われはしない。
「そうなんだね。一緒で良いでしょ。気にしてないし、仲を深めるなら最善だよ。それに1人は寂しいから、家族として一緒に食べよう」
「分かった」
「ナイスー」
家族としての寄り添い方というか、関わり方を熟知しているような。多分無意識なのだろうが、それでも自然と関わりやすさを出してくれるのは助かる。コミュニケーションをとるのは苦手な俺には、いい家族だ。
なんて思っていると、そのいい家族は思い出したかのようにソファから身を乗り出す。
「あっ、ねぇねぇ。今もう料理始めた?」
「ん?いや、まだだけど」
「料理する気分?」
「いや、しないでいいならしたくないけど」
「なら、出前取らない?」
なんというか、目がキラキラしていた。欲しい玩具を買ってもらった子供のように、アトラクションに乗る子供のように。
「あっ、別に七夕くんの料理を食べたくないからじゃないよ?私出前とか頼んで見たかったんだよね!」
「余計怪しく聞こえる」
これも優しさなのだろうが、言われると何故か余計不安に思う。でも本当に思ってないというのが伝わるのも早乙女さんだから。
「嘘嘘。別に出前はいいけど、そんな興奮することなのか?」
「いやー、お母さんと2人で暮らしてる時も出前は取ってたけど、新しい家族とも取ってみたいって思うわけじゃん?それに七夕くんっていう同級生だったら、なんか友達感覚で楽しそうだし」
気持ち早口に、それほど楽しみなのを噛み殺して話しているのかと、やはり初めてを何度も見るからこそ可愛さというものに気づく。自分に素直で、元気を漲らせるそれらは、どことなく家族と思えば愛おしい。
姉なんだけどな。
「友達の枠組み飛び越えてるけど?」
「肩書はね?まだ仲はお互い曖昧でしょ?これを機に深めたいって意味もある」
「もうその性格なら、1週間後には慣れ親しんでるぞ。絡みやすいし」
「本当に?私って絡みやすい?」
「とても」
「うわぁー!それは嬉しい。ありがと」
謝謝を期待したが、両手を挙げて1人で何をも楽しめるその姿は、その期待に応えなくて良かったと思えるほど微笑ましい。
「出前取るか」
「うん!」
「何を食べる?俺は早乙女さんの好きなものを食べたいから、悪いけど任せる」
何を食べるのかを気になるのもある。それを有効活用して、今後の料理への献立に組み込めればと。
まぁ、出前だからっていうのもあるだろうけど。
「おっけー。なら1択でしょ。これ!」
スマホをポチポチと操作。そして離れた俺へ、視力が良いことを信じて向けてくる。その期待通り、俺はどちらも1.5なのでしっかりと見えた。
「ピザか」
「そう。最近出来たピザ専門店でね、本当は一緒に行きたいんだけど、私の都合上行けないじゃん?だから出前で」
「なるほどな」
根っからの善人だから気にするんだろう。彼氏が居るから、と。そうさせたのは俺が目立ったり、標的にされるのが嫌だからという理由もあって、全部の責任を押し付けるわけにもいかないが、そう言っても「いやいや私が」と言うから言い出せない。
「良いんじゃないか?頼みたいものが決まったら教えてくれ。注文はする」
「分かった。ありがとね」
今はまだ申し訳無さが勝つ。好きな人という感覚が分からない俺には共感もなにもないが、好き同士の関係を邪魔してはいけないのは分かる。
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