第9話 不審者

 勝ちの見えない勝負を始めてしまい、早半日。俺は自宅にてスマホを触ってはポチポチと文字を打ち込んでいた。相手は数少ない知り合いの中で真新しい人だ。


 『嫌いな食べ物とかある?アレルギーとかも』


 送ってすぐにスマホを置く。


 父は朝早く出勤するが、それは距離があるため。ならば必然的に夜も遅くなるため、部活に所属しない俺がいつもご飯を作る。と言っても、外食で済ませることが多い父なので、1人用だったが。


 早乙女さんはバレー部に所属するので、当然のように帰りは遅い。県内には名の轟かない普通の学校だが、楽しさを優先しそうな早乙女さんには合っている気もする。


 一応今日からもご飯を作る必要はあるので、人数分の材料を手に調理を始める。が、その前にアレルギーや嫌いなものを聞く必要があった。父と可奈美さんは事前に無いと聞いていたのでそこらは考慮外。


 ちなみに可奈美さんは1時間後の18時半には帰宅する予定なのだが、それは単に何も無ければ。父と職場の方向が同じなため、帰りは同じ時間帯を選ぶらしいので父と同じ19時過ぎに戻る。


 ピコンと返信を音で知らせられる。


 『ご飯作ってくれるの?助かる!食べれないものはないから、好きなようにじゃんじゃん作っちゃって!』


 メッセージ上でもその漲る元気はよく伝わる。スマホの先を覗けるならば、きっとニコニコしているだろう。


 文字の最後に【笑】などをつける人あるあるの、実際は真顔で送るというのが、早乙女さんには無さそう。それほどに元気であり、天真爛漫の権化であるため、容易く想像出来る。


 『了解。部活頑張れ』


 『謝謝!』


 「移ってるな」


 スマホを置こうとした瞬間に即座に返信される。その内容は神出鬼没の幽霊を彷彿とさせる、仲の良さを知らせるかのようなもの。部活までは同じではないが、誰よりも1番近くにいるのを見るのは間違いなく幽だ。


 幽も部活動無所属組なので、帰る時は一緒ではないがそれでも。


 返信を既読し、放置してから料理を始める。特に凝ったものは作らず、簡単に作れるサバの照り焼きとグラタンにする。


 と、決めた時に再び通知音が鳴る。冷蔵庫へ向かおうとした足を止めて、スマホが寝る場所へ向かう。手に取り内容を見ると。


 『悪い。今日は可奈美さんも残業長引いて遅くなるから、外食で済ませる。だからご飯を作るなら澪ちゃんと二人分でいいし、どこかに食べに行ってもいいぞ』


 「……なるほど」


 まだ料理を始めなくてよかった。残業が長引くのはよくある事だったので、考えてなかったわけではないが、気にすることが多くて忘れていた。


 それにしても二人分。外食……。


 どちらを選んでもいいのだが、どう考えたって部活のある早乙女さんと外食なんて行けるわけもない。それに、わざわざバレに行くこともしたくはない。


 結果、残された選択肢は1つだった。


 「作るしかないか」


 嫌いではないし、暇な時間が潰せるのなら料理もありだ。自分の作ったご飯を食べてもらうのは恥ずかしく、それほど美味しいかは分からないものを食べさせることに抵抗はあるが。


 でも、笑顔で不味いと言ってくれそうなので、どの道気まずい雰囲気にはならないはず。勝手な解釈だが、意外とハズレでもない気がする。


 そうして早速料理に取り掛かる。と言っても、本格的に始めるのはまだ後。作業をスムーズにするための準備を終わらせる。


 真っ白なまな板を用意し、新調した包丁も用意する。フライパンも何もかも、引っ越しと新しい家族のために、用意した子たちだ。


 そしてそれらを終え、作業に取り掛かる準備も万端にした時。ガチャっと玄関のドアが開いた音がした。間違いなく家のドア。それもチャイムなし。


 「……は?」


 脳裏に過ぎったのは「不審者」の文字。父と可奈美さんは仕事で早乙女さんは部活。俺はここに立っていて幽体離脱もしていない。家族の誰からも配達の話は聞いてないし、近所付き合いで不法侵入を許せる間柄でもない。


 俺は置いていた包丁を無意識に持ち、リビングへ続くドアが開かれるのを待った。いや、開いてほしくはなかったが、全く止まる気配のないその足音は、絶対だった。


 来る。来る。近づく音に、ホラーを凌駕する恐怖心を抱きながら待つ。ついに、そのドアノブに手が掛けられる。ガチャと開くドア。誰が来るかとその時を待った。


 「ただいまー、不審者だぞー!」


 「…………」


 「あれ?結構ビビってた感じ?」


 月曜日の学校が終わっても、何故こんな元気なのか意味が分からない。そんな気分も相まって若干イラッとしたが、すぐにその相好に癒やされる気分になり、落ち着いた。


 「……部活は?」


 「月曜日は休みなんだよね」


 「なら、部活頑張れの返信は?」


 「これ知らなさそうだなって思ったから、そのまま驚かせてやろうって思ったの」


 「そういうことか」


 「ってか、未だにバレー部の休みとか把握してないの、七夕くんって感じ」


 興味がない。各部活の休みの日を覚えても意味はないと思っていたが、これは覚える必要がある。心臓に悪いならなおさら。


 帰宅早々に幸せを勝ち取ったかのような笑顔。俺も月曜日からそんな笑顔を作れるようになってみたいものだ。どうしても邪魔する休日明けの学校。社会に出たならば、それが強まっては憂鬱そうだ。

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