第65話 準備
【八尋先輩の突然の転校により、八尋先輩と早乙女さんは別れた】
この噂が広まったのは、文化祭の準備期間のことである。あの事件以降、八尋先輩が学校に顔を出すことはなく、花宮先輩の計らいにより、いつの間にかその噂が定着してしまっていた。
だから、現在早乙女さんは大勢の友達に囲まれている。6限目が始まる前、朝から続く囲みは消えず、まるで握手会の剥がしが必要なほど、苦労している様子だった。
「いやー、あれすげぇよな。別れたくらいであんな集まんのかよ」
席は変わらず、後ろに座る俺の机に肘をついて言う。人気者だとしても、翔は恋愛に興味はなく、そこが俺との共通点のようになり親友の関係を築けているようなもの。
「あれくらい、お前なら余裕なんじゃないのか?」
「無理無理。高嶺の花って言われる女子だから、あれだけ集めれるんだ。俺みたいな、変な男子友達しか持たないやつに、あれほどはな」
「この学年では唯一無二でしょ。あれが可能なのは、澪か姉さんか花宮先輩くらいだし」
その3人に共通するのは、人の目を惹く力、所謂、魅力があるということ。天真爛漫はもちろん、花宮先輩のように何を考えてるか分からなくても、謎が多くて逆にクールな印象に合う。実際惹かれる人は多いというし、1日4人に告白されるのが他校入れて7回ほどあったとか。
「生徒会は顔審査だな。全員が美男美女で」
「その上成績優秀。非の打ち所がないってうちの生徒会のことだな」
個性が強く、掴みにくいと言われるが、秀才にそういう人は多いイメージだ。
「それにしても、元気ないように見えるけど、そこまで気落ちしてる様子もないんだよな」
人気者故に、洞察力は高いのか。翔のその感覚は大正解だった。早乙女さんは、別れて時間の経過した今、既に八尋先輩のことはどうでも良いとまで言い出すほど記憶から消している。
元から大好きではなかったと言っていたが、それでも切り替えの速さは尋常じゃない。それに、そんなことよりも俺は、最近早乙女さんに違和感を覚えることがある。
そっちの方が気になるんだよな……。
「意外とメンタル強いんじゃない?私も澪とは多くを共にしないから、確実にこれって一概にも言えないけど」
「でも、あれだけお似合いって言われて、完璧な彼氏さんと別れるのは辛いだろ」
「……どうだろうな。早乙女さんの感性に聞くしかないだろ」
全然だ。早乙女さんのことは、やはり関わらなければ分からない。心に空いた、人の思いを受け取る場所。寂寥を消すための人間関係を築く空間。多分それを埋めるのが、俺に変わったから、早乙女さんは辛さを感じなくなったんだと思う。
あれ以降、更に距離の近くなった早乙女さんを見て思った。
「まぁ、私たちじゃ、陽キャの立ち位置について語れないから、なんとも言えないし、興味もそんなにないけどね」
1番楽しんでいた幽が言うと、嘘でも笑ってしまう。
同時に、6限目への予鈴が鳴る。聞いて、早乙女さんの周りは静まり返り、ホッと疲れを吐き出す姿を目にした。
「はーい。6限目はみんな待ってた文化祭についての決め事をするよ。何をしたいか決めて、役割分担も決める。出来れば今日中に終わらせたいから協力してね」
文化祭実行委員である
「なんだって良いんだけど、クラス内でカフェとか、体育館で演劇とか、やりたいことを言ってくれれば、その中から決める。遠慮なく言ってくれ」
派閥が生まれるのは必然的。既に挙げられた手は、男子がほとんどであり、内容なんて決められているようなものだった。
次から次に、メイド喫茶、和風喫茶など、容姿の良いうちのクラスの女子を、更に自分好みにしようと下心満載の提案をする。それに対して、女子は皆、中指を立て、親指を下に向けて対抗する。
総数45名のうちのクラス。残念なことに、女子が28名男子が17名であり、多数決に敗北するので、決まることはなかった。項垂れる男子は、概ね早乙女さんか幽狙いで、コスプレを見たかったのだろう。俺も見たいが、コスプレなんて家で頼めばしてくれるだろうし、幽にも頼めば承諾してくれそうなので、学校で見るということに興味はなかった。
――「ふぅぅ。男子元気過ぎ」
この喧騒を静めるのに、実行委員も苦労する。乙瀬もコスプレに関して勢いを持っていたが、隣の桜花さんに睨まれて沈静化。結局、為す術もなく敗れたのだ。
「それじゃ、多分何よりも面倒で、時間かかるお化け屋敷に決定でいいね?」
女子が、男子に苦しみを与えようと、小道具準備が1番面倒なお化け屋敷を選び、たった1回の多数決で決着はついた。巻き添えの俺たちも、中々ハードである。
クラスは桜花さんの質問に満場一致し、渋々地獄の準備期間が始まることとなった。
「なら次は役割分担だな。どれも大差なく面倒だけど、多分簡単なのは、脅かす役になることだな。そうすれば準備にはあまり追われないからな」
確かにそうだ。でもその役目は俺には似合わない。人生初めての文化祭は、面倒を処理することから始まるだろうな。これまた着々と決められるそれぞれの役目。少し大人しく見える早乙女さんを見ていると、いつの間にか僥倖が舞い降りていた。
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