第66話 大変

 「まさか私たちが2人だけで装飾なんてね」


 空き部屋を設けている俺たちのクラスは、2つの部屋を使ってお化け屋敷を造る。自分のクラスと、隣。その隣の部屋で、俺は部活休みの早乙女さんと2人、装飾を行っていた。


 「そうだな。多分、普通なら驚いたり喜んだり、早乙女さんと一緒になれたことに狼狽するのが普通なんだろうけど、慣れるとそうもいかないな」


 「毎日会ってるから、仕方ないよ。私も、ここで七夕くんと話すのが初めてだったら、きっと気まずかっただろうし」


 「お互い助かったな。今なら無言の空間でも気まずくないし、家でも話せるって思うと作業に集中出来るし」


 それぞれ3人や4人など、役割で人数が決められていた中、俺たちは偶然2人だけの装飾に回された。もちろん男子からの変更の願いはあった。けれど、変わって知らない人の中で黙々と作業するのは嫌だから断らせてもらった。


 それほど早乙女さんに抱く、懸想の量は人並み超えてるらしい。俺には近しいものは分かっても、本体は分からない。


 「それにしてもお面に塗料塗って、看板作る作業って残り2週間で間に合うのかな?」


 担当している作業内容に、少し焦りの気持ちを持つ。お面は10個で看板は1つ。しかし、お化け屋敷の入場門っぽくアレンジしたり、ハロウィンメイクのように、それなりにお面にもいたずらしないといけないので、2人なのは心配。


 「間に合うと思うぞ。最悪、家に帰ってやれるから、そんなに気にしてない」


 「なるほど、その手があったね」


 笑顔……なのだろうか。最近顔を見て話せてないのは、少し気になる。部屋を訪ねられるよりも、訪ねる方が増えたし、距離が固定されたというか、進展がないのだ。


 八尋先輩と別れてから、早乙女さんに何かしらの変化が起こったのは確実。しかし、その真意は未だ掴めない。そして今も、お面をつけて会話をしてることも、不思議でしかない。


 「そのお面、いつまでつけてるんだ?」


 目元と口元だけが空いた、真っ白なお面。これから塗料を塗って、傷だらけの顔にする予定だが。


 「色々と解決するまでだよ」


 「色々と?」


 「そう。私の中で疑問点がたくさんあるの。それを取り払うまでは、このお面は取らないよ」


 「風呂入ってる時も、家帰って寝る時も?」


 「その時は違うお面をつけるよ」


 カラカラっと、お面の音を鳴らして、1枚の完成したお面を見せる。


 「心情によって変化するのか」


 「そうだね」


 何を考えてるのか読めないが、全くというわけではない。変化し続けているのは分かる。別れてからこれまで、早乙女さんとの距離に何度か首を傾げられたから。


 「あぁ、面倒。なんでこの役目になったのかな」


 「その抱えた悩みを、俺が解決するため、とか?」


 「だとしたら、多分神様はいじわるだね」


 「なんで。役に立たないから?」


 「ううん。教えないけどとにかくいじわる」


 「ふーん。気になるけど追いかけるのはやめとく」


 薄々俺に関することなのかと、そう思う。でも、それにしてはいつもと変わらない喋り方。俺の気にしすぎでこうなってるのかもしれない、と、思う他ない。


 「それに、これもやめたくなる」


 筆をパレットに置くと、背中付近になにもないことを確かめて、新聞紙の上に寝転がる。制服ではなく、体操服なので汚れる心配はあっても洗濯でどうにか出来るので気にしない。


 「家に持って帰ってやりたいな」


 「看板は大きすぎて無理だけど、お面はなんとかなりそう」


 「早めに看板終わらせて、家に帰ってお面塗る?さっきからこの部屋を覗きに来る変態も多いし」


 実は悪気あるのかないのか、男女問わずこの部屋をガラガラっと開ける人が多くいた。そのたびに手を止められ集中も削がれるのは、正直厄介。


 「良いかもね。どうせ家でもすることないし」


 「ゲームよりも文化祭だしな」


 面白さで言えばゲーム。でも、全員ではない。文化祭を楽しみたい人のために、これは嫌でも完成させなければならない。優先順位を間違えたくはないけど、文化祭なのは悩み事。


 「家に帰っても、学校行事に追われるのって青春だよな」


 「そう?嫌で作業して、新聞紙の上に寝転がる七夕くんを見る方が青春って感じするよ」


 「そのお面外してくれたら、もっといい青春と思えるけど」


 「……なんで?」


 「早乙女さんの喜怒哀楽付きなら、より鮮明に覚えるだろうから。特に笑顔とかな。早乙女さんの笑顔は癒やされるし、心の底から楽しんでるって伝わるから、見てて幸せだしな」


 無表情より微笑み。微笑みより声を出して笑顔。圧倒的に笑顔が記憶に残る。早乙女さんを見てると、微かに頬が上がるだけで笑顔になるし、それだけで負の感情を忘れられる。


 「……七夕くんって、怖いもの知らずだよね」


 「一応、不意に抱きつかれたり、一緒に寝ることを強要されるのは怖いけどな」


 「でも、なんだかんだ付き合ってくれるじゃん」


 「早乙女さんが小動物みたいに、つぶらな瞳で見るから」


 「ははっ。そんなに?」


 ほら、こういうとこだ。なにか悩み事があるのかと思っても、それを一瞬で払拭する笑顔。こんなにも咲かせれるのは、きっと早乙女さんだけだ。


 「そんなに。だから、それを見るために早く帰って、作業するか」


 「分かった。明日から学校では看板か。大変大変」


 ホントに。大変だ。

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