第67話 変わった?

 思えば、明日から普通に放課後は俺1人だ。部活がある早乙女さんが手伝えるわけもなく、決められた時間の中で作業を終わらせる必要がある。


 だったら、と、自宅で出来るだけ仕事を終わらせ、看板は学校で休み時間の合間を縫って完成させるのがベストだろう。不器用な俺に、淡々と作業が出来るとは思わないが、やりたくない気持ちで放置は、他のクラスメートの迷惑だ。嫌でも終わらせるしかない。


 なんでお化け屋敷にしたんだかな……。


 「ん?それ何持ってるんだ?」


 自分の部屋を出て目の前、父が1人でテレビを見ていると、突然後ろを振り返ってきいてくる。


 「文化祭の小道具作りに必要なお面だよ」


 「文化祭の?もうそんな時期か」


 父の学生時代に、文化祭があったのかなんて微塵も知らないが、この時期に文化祭があることよりも、もう文化祭の時期に入ったことに「もう」と言ったのだろう。


 「大人になると時間が経つのも早くなるもんだな」


 「然程変わんないだろ」


 「いいや?学生の頃は、常に何かしらの変化があったからな。入学式終われば、林間学校あって、終わればゴールデンウィークで、高校総体、夏休み、体育祭などなどって、忙しくて嫌だと思うことが多かったから、結構時間が経つの遅く感じたもんだぞ」


 「……なるほど?」


 「まぁ、大人のことなんてまだ知らないお前には、分からないか」


 「分かるようになったら、もう1回言ってくれ」


 「その時は、言わなくても分かってるだろうさ」


 学校は嫌でも続ける。けど、嫌だけど友人が居るから暇しない。幸福感を感じれば、時間経過は早くなるように感じる。その原理で、嫌だと思う学校も今は、遅く感じてるのかもしれない、か。


 「それにしても、最近澪ちゃんの部屋に行くこと増えたよな?」


 コーヒー片手に俺の足を止めるので、手を伸ばせば掴める早乙女さんの部屋の扉に、俺は入れない。


 「それだけ暇がなくなったってことだよ。いつまでも部屋にこもる俺じゃないし」


 「そうか。仲睦まじくてなによりだ」


 「お互いにな」


 「はははっ。それもそうだな」


 高々に笑う姿に、不満も悔恨もない。きっと今が、過去の新婚生活と比べて比にならないほど幸せなのだろう。ずっと背中を見てきた息子として、笑って幸せを伝える父は、見ているだけでも心安らぐ。


 これ以上質問もないと思い、無言でその場を後にする。やっと掛けられた扉。押して入ると、そこにはいつからか、自分の部屋とも勘違いするようになったほど、変わらない簡素な部屋があった。


 「いつ見ても、遠慮して何も飾らないようにしてるとしか思えないな」


 「遠慮はしてないよ。ただ、これが私の普通なだけ」


 「イメージ違いだわ」


 偏見とも言える俺のイメージ。早乙女さんの部屋は、もっと散らかってて、ぬいぐるみが騒がしくて、明るい様々な色彩に囲まれた内装をしていると思っていた。しかしそんな面影は微塵もない。


 「良くないイメージ抱かれてそう」


 「ご明察だな」


 全く相違なし。


 部屋を見渡す変態行為は止めて、床に広げられた新聞紙の上にお面を置く。既に揃った真っ白なお面は、まだ2つしか完成していない。


 「これを完成させて、後は看板か。2週間って、ほとんど看板だよな。色塗りだけだとしても、教室の前後の扉を繋ぐほどの大きさだと、時間ヤバイよな」


 「しかも2人だし」


 看板に文字と絵柄を書き込んだのは他の人で、しかも5人。色塗りだけとはいえ、2人で5人のそれに色を入れ込むのは大変でしかない。色彩に関しては俺たちに一任されているので、下手したら看板が汚いという理由で文句を言われるかもしれない。


 結構重要な役割を担っていることに、ここ最近ストレスを感じてもいる。


 「それでも比較的楽なんだろうけど」


 脅かす役割になるよりかは、何倍も良かった。同じ場所で同じことを繰り返す。そんなことに文化祭の時間を費やしたいわけもなく、いや、そもそも文化祭にあまり興味はないが、俺には良く言って縁の下の力持ちがお似合いだ。


 「早乙女さんはお面つけないの?」


 塗料に筆に染み込ませ、お面を手に取り目元から細工を始める。その中で、今日の帰宅前を思い出してふと聞いた。


 「あれはお遊びだからね。家ではまったりと作業したいから」


 「なるほど」


 八尋先輩と別れてから、どこか落ち着いたように見える早乙女さん。俺との距離も確立してきたようで、詰めてくることも最近は減った。今も、部屋に入ってからこれまで、何1つとして俺にちょっかいかけることはなかった。


 「少し、変わった?」


 「え?」


 筆は止まらないけど、早乙女さんは止まった。図星だったのか?と、頭の中を過ってしまうだけで、答えは知り得ない。それから下を向いて、顔を上げることない最近の早乙女さんのまま言う。


 「どこか違和感ある?」


 「うん。前は、姉と呼べって言って何回も接触を求めたり、部屋に来て話しようって言ったりしたのに、今はおとなしくなった気がする」


 「……んー、確かにそうかも。私の中で、七夕くんの見方が変わったから」


 「どんなふうに?」


 「それは……良く分かってないんだよね。今、それの解明をしてるとこ」


 「ふーん。文化祭よりも楽しそうな話が目の前に転がってるんだけど」


 正直、クラスメートと仲がいいとはお世辞にも言えない俺には、文化祭の楽しみは少ない。1年生であり、慣れない初めてのことに、少しの抵抗もある。


 だから、今こうして、俺の知らない間に変化する早乙女さんが、何よりも興味をそそっている。

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