第44話 誰?
「そうしようかな。どうせ、あいつの目の前に行っても、私にすることなんてないから」
「ならなんで付いてきたって思うけどね」
「ごめんねー?デート邪魔して」
「これがデートに見えるなら、姉さんの頭の中はお花畑だよ」
ただ付いてきた理由を不思議に思った幽に、先輩からのいじり。姉妹の仲の良さは、俺と早乙女さんの関係の遥か上を行く。羨ましさはあっても、今はそれに悩まされるほど余裕もなく、困ってもない。いつか慣れたら、そう思う程度。
「取り敢えず、何もないことを願って中に入るか」
「私は何かあった方が良いけど」
日常に飽き飽きしてるのか、刺激というか、滅多に経験しないような出来事に目を輝かせている。早乙女さんが聞けば、きっと良い思いはしないことだろうが、ここまで来て、他の人とはなにもないです、なんて言われるのも癪に障る。少しだけ、俺も心の中では同じ部屋に女子を連れ込んでいてくれと思う。
ほぼ無関係だからなのか、鼻歌を歌いながらカラオケ店へ入店する。それに続き、確実を持って帰るために俺もゆっくりと。入店すると、どこに八尋先輩が居るのかを探る。多色に染められたドアの色。そこに耳をつけなければ、早速歌い出すわけでもない人たちの場所を選別するのは難しい。
「これ、隣が空いてなかったら結構厳しいよね」
「その可能性も考慮して来たんだし、最悪店員さんに何人で来てたかとか聞けば良いだろうから、気にしなくていいでしょ」
「平日のこの時間帯だからね。隣くらい空いてそうだけど、詮索恐れて端っことか選んでそう。あいつバカだけど、運が味方するから無意識の天才なんだよね」
「天性の才能がそれって、最悪ですよ」
歩きながらも、偽りの仮面の奥にある本当の顔がどれほどなのか、俺の興味は高まるばかり。裏ではこんな言われようでも、表では人気者。いつも誰かが側に居るほどで、だから承認欲求というか、自分が人気者だということに味を占めてここに居るのかもしれない。
それならもしバレたら。そう思うだけで、俺も幽姉妹に感化されるのを実感する。フッと微笑し、自分でもその状況がおかしく思え始めた。浮気調査をする人の気持ちが、なんだかよく分かってきた気がする。
幽姉妹と会話を続けながらも、時間差で入店し、受付の前まで来る。
「すみません、受付しに来たんですけど、その前に、私たちと同じ制服を着た170後半の身長をした男子高校生来てないですか?」
「来ましたよ。ほんの少し前に」
「そうですか、なら、その人の隣の部屋って空いてます?」
「少々お待ち下さい…………大丈夫です。空いてます」
「では、そこを1時間でお願いします」
「かしこまりました」
よく行くってわけでもないらしいが、幽先輩は陽キャなりにイメージ通り手慣れている。暇がない生徒会役員だが、休日はそうでもない。多分その時間を有効活用出来る友人が、多く存在するのだろう。真逆の存在には、やはり興味が湧く。
マイクを手渡され、受付の記入欄に必要事項を書き込んで奇跡的に空いていた隣の部屋へと向かう。やはり平日の夕方は空いていて、受付の人も奥の部屋から欠伸をしながら出てきたところ、そういうことなのだろう。
「先輩、ありがとうございます」
「いえいえー、霊に何もしてないって言われるから、これくらいはしないとね」
「別に私たちも何かするってわけじゃないから、率先されるようなこともないよ」
「一応だよ。先輩としても姉としてもねー」
こんな自慢しか出来ない姉を持ったならば、俺はどれほど鼻を高く生きられるか。今は俺には勿体ない美少女の姉を持つが、人に知られない以上は自慢も何も出来ない。
まぁ、知られたとこで嫉妬の圧力に屈しそうだけどな。
「それより私、カラオケって嫌いなんだよね。歌うの好きじゃないし」
「分かります。よく堂々と歌声を披露出来るなって思います」
「そういう機会なかったでしょ?」
「学校の音楽の授業。選択じゃなかったら、学校休んでるぞ」
人前で歌を歌いたくない。人からの評価を受けたくない。日陰で生きていきたいからこそ、それは自然と性格にも行動にも出てくる。ちなみに音楽と美術を選択するため、俺は迷いなく美術を選択した。
「なるほどね。歌うことが好きな人って少なそうだしね」
「人前で、でしょ?人って結構、1人の時はボソッと歌ったりするもんだよ」
「そんな友人知らないし、姉さんのその偏見が通るほどの人間関係を築けてる人はいないから」
つくづく本当に姉妹なのかと、性格の差が現れる。陽気で天真爛漫、それで副生徒会長。おとなしく、おっとりとした人気マスコット。同じなのはジト目だけで、どちらが姉で妹なのか、見ただけで分かるほどに絶対的な差がある。
「そっかー、友人は好きな時に好きなだけ作るもんだからね。多いから正解じゃないし、むしろ何でも言える関係を築けてるのは、重宝ものだよ」
「姉さんにはそんな人居ないってこと?」
「ううん。ちゃんと居るよ」
家でもしないような会話に、普段どんなことを話し合ってるのか気になっていると、その時だった。最奥でカラオケを楽しもう、若しくは浮気を楽しもうとする八尋先輩の借りた部屋のドアが開いたのだ。
「あっ……」
どこにも逃げ場がなく、俺たちは一瞬にして固まった。しかし、そこから出てきたのは八尋先輩ではなかった。そして幽先輩は一言。
「おっ?」
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