第43話 潜入前

 心強い味方が来たものだ。もちろん幽の姉として、幽先輩もそこらの一般男性くらいはボコボコに出来る。幽よりも強いので、八尋先輩なんて怖くはない。


 「姉さんって暇なの?」


 「生徒会の仕事はないし、部活も休み。じゃないと真面目な私がここに来るわけないでしょ?」


 「なるほどね」


 正直部活よりも生徒会の仕事の方が多忙だ。実はこの明日歌高校、それなりに進学校であるため、その代わりのように生徒の自由が基本的に認められている。だからその分、修学旅行だの林間学校だの文化祭だの体育祭だの、学校行事が迫れば迫るほど逼迫して多忙の日々を送る。


 今は文化祭のシーズンへと移行し始める時期。まだ先の話だが、今からでも生徒会は予算やスローガンなどについて生徒から案を出してもらったり、アンケートをしてもらったりするので休みはほぼない。


 「それで?2人はあいつを尾行してるってとこ?」


 「そうだよ」


 「風帆くんのお姉さんのためかー。ついに風帆くんも1人で寂しいからって私のとこに遊び来ることもないのか」


 「記憶してる中では先輩のとこに寂しいからって行ったことないですけど」


 「そうだっけ?いつも霊よりも私のことが好きって言ってたじゃん」


 「それも捏造です。多分」


 全く記憶にないが、完全に否定も出来ない。記憶は曖昧で、よく遊んだことばかり覚えてるので、もしかしたらその中であったのかもしれないから。でもそれだけ濃いなら、覚えてるだろうと思い、今出てこないことから否定する。


 「姉さんの頭の中はお花畑だからね。こればかりは言うこと聞かないよ」


 「知ってる」


 今年で4年目だ。もう性格は把握してる。幼馴染の領域だから、それだけ気も使わないし。


 「多分副生徒会長で才色兼備の私にそうやって言える後輩は2人だけだよ。お姉さん悲しい」


 シクシクと、姉妹揃ってジト目の魅力的なこと。元気で明るい性格でも、その目ではしゃがれるとどうしてもギャップを感じてしまう。それで惚れた男子も少なくないとか。最近耳にした噂では、1週間連続で告白されたとか。


 早乙女さんが家族になる少し前、体育祭があった。そこで他校の生徒も見に来ていたのだが、そこで釣られた人が3人で他4人はうちの高校だとか。未だに人気は衰えることを知らず、右肩上がりなのは次元が違う。次期生徒会長として、更に磨き上がるなら、ほんの少しだけ鼻が高い。多分、次期も副だろうけど。


 「はいはい。付いてくるのは良いけど、バレないでよ?」


 「バレないでしょ。あいつバカだし、女子のことになると脳がツルツルになるから、逆にバレる方が難しいね」


 「結構嫌ってるんですね」


 「私の知ってる中で被害が増えててね。セクハラとか頻繁にしてるから、めちゃくちゃ嫌悪感しかないよ。みんなそれでも釣られちゃうほど、あいつのやり方が上手いんだろうけど」


 幽姉妹。これはきっと遺伝だろう。浮気を確信し、八尋先輩が最低の男としてもう認識は終えてる様子。これならばきっと存分に遊び回ってくれるはず。


 「それって、付いていく人も悪いですよね」


 「顔だけは良いからね。面食いは連れ去られるんだよ」


 「気持ち悪いね。面食いも面食いだけど、あの顔ではイケメンを自負してるの笑える」


 「分かる。まだうちの風帆くんの方が良い」


 「うちのって……」


 今はまだ早乙女さんの彼氏だと、2人は忘れているのだろうか。思ったことを口に出すのは悪いことではないが、こればかりは少し空気の悪くなりそうな発言だ。早乙女さんが聞いてないからいいけど。


 そっちが気になって、俺の方が良いなんてツッコむ余裕もなかった。もしこれで浮気とかしてなかったら、後々気まずい。幽先輩が言うのだから、きっとセクハラをする頭のネジの外れた社会不適合者なのは間違いないだろう。ここまで来たら、いっそ浮気してほしいと願うばかりだ。


 「八尋先輩のここからの行き先って分かるんですか?」


 これ以上八尋先輩への大嫌い発言を聞くと申し訳なくなるので、一旦話題を戻す。


 「多分カラオケ。あいつ頭おかしいから、すぐカラオケ行って歌って他校の女の子と出てくるよ。その時に何してるかその目で確かめなよ」


 「分かりました」


 難点がある。女遊びが得意な人や、よくやる人、その人たちの浮気を見破ることだ。「いや?友達だけど?」なんて言われたら頷くしかない。キスとかハグとか、それらしい雰囲気でしてるなら確信犯だろうけど、賢く隠せそうな八尋先輩相手だと、少々厄介だ。全てはタイミングだろうな。


 「もうそろだから、私たちもカラオケ店入る?」


 「それ、見つかるリスクありません?」


 「女の子見たらそっちに意識引っ張られるのがあいつ。なんの心配もないよ」


 「姉さん存在感凄いから、逆に引っ張るかもよ?」


 「確かに」


 他校にも名が知られている幽先輩。女子からすれば、八尋先輩を狙うに最大の敵だろう。そんな人が居るのを確認すれば、女子も八尋先輩も焦ってその場から逃げ出す。情報を得るには、少しでもバレたくはない。


 「でも、中に入らないと決定的な瞬間は逃すかもよ?私だけ外って嫌だし」


 「んー、入って彼氏さんたちが終わるタイミングで出れば良いんじゃないですか?それまで先輩には俺たちの部屋で黙ってもらってたら」


 何人の人を連れてカラオケするのか確定してないけれど、そんなに長居はしないだろうから、隣の部屋にこもって聞き耳立てるのも1つの案だ。

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