第42話 人気者姉妹と平凡

 放課後の時間を暇で潰したことはない。それなら家に帰って椅子に座るか、ベッドにダイブするかの2択を選ぶから。でも、何かしらの理由があるなら放課後は学校に残る。例えば今日のような日は。


 基本部活に所属しているので、部活なんてすれば蕁麻疹が出るというほどの断固拒否派以外はこの教室内には居ない。つまり、俺と幽以外にここに残る人は居ないということ。まぁ、残ることもないだろうし、帰宅するのが普通だから当たり前っちゃ当たり前か。


 小さく開いた窓からグラウンドの部活を頑張る声が聞こえる中で、俺たちは今日も例の話について引っ張られている。厄介だとは思うが、いずれ降りかかるのだから早いに越したことはない。


 「私が教えた、彼氏さんを好きになった理由よりも、結構深いことを聞けたようだけど、それが何か?」


 右腕を机の先まで伸ばして、そこに横顔を置いて俺を見る。日々の怠惰がここに現れてるようで、大事な話をしているとは思えない空気。重たいのは好きじゃないから助かるけれど。


 「澪がどう考えてるかなんて気にしなくて良いと思うよ?だって澪がどうであっても、彼氏さんが浮気してることは変わらないんだから。解決の道を歩くのは決まってるんだよ?」


 もう疑うことをせず、確信した幽は隠さずに言う。彼氏さんが浮気してるのだと。その線は確かに黒くて怪しいが、この段階で決めつけるのも悩ましい。でもそんなのお構いなしに決める。清々しいというかなんというか。


 「それはそうだよな。俺も恋愛は知らないし、気にすることでもないと思う」


 「なら何を考えてるの?」


 「早乙女さんが不憫だなって。誰かに寄り添ってもらいたかったその延長線上で、たまたま彼氏さんと会ったのに、彼氏さんはそれを無下にするように浮気って考えるとどうしてもな」


 昨日聞いて思っていたことだ。早乙女さんは恋愛を知らない未熟者。でも、家庭環境と人と積極的に関わりたいという性格が相まって、人の温かみを知りたいと思っている。それを支えたのが彼氏さんなのだろうが、どうもそうじゃないニオイが強くなるのは俺も気分が悪い。


 「優男だね。まぁ、誰でも思うってか心配することだろうけど。そんな心配が強くなったから、早速今日から動こうと思ったってことね?」


 「そういうことだ」


 今日は動き出しやすい日だった。八尋先輩の部活が休みであり、放課後にカラオケに行ける時間のある日でもあるから。それを狙って、俺たちは窓側から八尋先輩が帰宅する瞬間を捕らえようとしていた。行くかは分からないが、可能性は高いので早く暴きたい一心でその時を待っている。


 「ほら、帰ってるぞ。しかも1人で」


 「うぇー、まだゆっくりしてたかったのに」


 「付いてこなくても良いんだぞ?」


 「そんなこと言って、もし返り討ちとかされたらどうするの?ボコボコにされるよ?」


 「そんなことになるなら得意の全力疾走で回れ右だな」


 運動能力の高さには自信がある。走力なら、多分平均よりか上を行く。だから逃げることは出来るだろう。執拗に追いかけるほど注目を浴びたい人でもないだろうし。


 ちなみに幽は中国人の血が騒ぐからか、俺を遥かに凌駕するほど強い。1対1で殴り合いを始めれば男性でも圧倒してしまうと言うので、1度軽く腹を殴ってもらったが、内側に響くような殴り方で即ダウンした。更に、チャイナドレスも持ってるらしく、着たら強化されるという。見たことあるがめちゃくちゃ可愛い。


 「行くぞ、用心棒」


 「それ、女の子に言うことじゃないよ?私だから許すけど」


 常日頃からこれが標準だから、許されないことはない。流石に冗談でも言っていいこと悪いことの区別はあるので、今まで不快にさせたことはないが。


 そうして俺たちは足早に玄関を出て、八尋先輩の背中を追う。見失うほど歩くのが速いなんてことはない。今日は何の予定もないような歩く速さ。予想が外れたかな?なんて思いながらも、ストーカーは止めない。


 校門を出て、やっと学校から解放された気分に浸る。休日を近くに控えてるから、それだけしんどさも重い。休日のどちらかの夜に徘徊でもするとしよう。


 そう思った時だった。


 「――わっ!」


 最近良くあるシチュエーションだと、その背後に感じる人の感触を早乙女さんと思った俺は、一瞬でその考えは消えた。明らかに比べ物にならないほどの柔らかな感触。背中に伝わる熱量も並ではない。振り向かなくても分かった。それは幽も。


 「やっほー!お久だねー」


 「先輩……」


 150cmの妹とは違い、その10cmは上を行くような身長。おとなしい妹とは違い、その真逆に居るような存在。現副生徒会長で人気者。間違いなく全校女子の中で2番人気でモテる女子。幽寧ゆうねい先輩だった。


 「姉さん?何でここに?ってか背後から忍び寄るのやめてよ」


 「ごめんごめん。でも、忍び寄るのは霊もそうでしょ?」


 今の俺たちが何をしているのかを、テレパシーか何かで察した様子。幽先輩は才色兼備の早乙女さんの上位互換だ。早乙女さん以上に運動能力も高く学力も高い。勘の鋭さも人より長けてるのだろう。


 「私は2人のお手伝いに来たんだよ。下校しようって外を見たら、霊と風帆くんが歩いてるの見てこれは!ってピンと来てね」

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