第60話 するべきこと
慰めることを人生で経験したことなんて皆無だ。昔から人と関わることが少なくて、関わったとしてもその人が落ち込んだとこを知ることもなかった。だから、今の状況を整理する時間が俺には必要だった。
帰宅してからしたことといえば、早乙女さんの話を聞いたくらいで、心の傷を癒やすなんて高度なことは何1つとして出来なかった。傷ついてないようにも見えたが、それはただの強がりだろう。今頃、1人で考えて過去を思い出してるに違いない。
珍しく早乙女さんに、「外に出る」と言ってから徘徊を始めた。意味なんてない。それが俺の元来の目的だったが、父が再婚して、早乙女家と暮らすことになってからは、何かしらの意味を含んで地を踏むようになった。
慣れたと思った地形に足を取られることだってあるほど、何かを考えながら前に進むことは初めてで、どうも自分が感化されているというか、早乙女澪という女の子に影響されている気がした。
無駄な時間じゃない。歩くことでストレス発散として有効な時間だから。しかし、それは何も考えずにただ風に当たることで得た幸福感。今は涼しい風を受けても幸福感はない。あるのは解決したのにある、無力感だ。
結局俺が出来たのは、八尋先輩を止めることだけ。早乙女さんの傷を癒やすことなんて全く出来なかった。何が良くて何が悪いか、それを理解していないのだと分かっているが、それでもあまりの無力さに、少し悩みがある。
過去に元父から愛を受けずに育った早乙女さんが求めたのはきっと、その隙間を埋める人の温かさ。八尋先輩が偽りでも、その役を担っていたのなら邪魔をするべきではなかったのか、と、今更バカでも違うと分かることを考える。
何故こんなにも考えさせられるのか、それは俺も似た気持ちを知るからだ。元母の父へのストレス発散としての怒りの攻撃。それを見てから俺にも飛び火したそれは、俺の今を創った。人に興味を持たず、期待もしない。
そうして育った俺に、ここ最近、心の内を共有出来て、共に似た境遇で生活してきた人が出来た。同情しているのか、どうも気にかけて気にかけて、その隙間を埋め合うように俺たちは会話を重ねた。
その果てに知ったのが、お互いに寂しかったことだ。
距離を詰めたいと思うのも、話していて楽しいと思うのも、こうして早乙女さんのことを気にして考えるのも、全ては寂しかったから実行したもの。
昔諦めた、人と関わることで得られる幸福感。それを今になって得始めたから、再稼働してそれを欲した。良く分かる。だからこそ、早乙女さんのその寂しさを埋めていた八尋隼也という存在を取り除いたのは良かったのかと、少しばかり気にしている。
「……正解なんだろうけどな……」
その穴埋めを、今度は誰がする?と自問する。それに、俺だ、と自答する。それしかないのだ。責任を取るため?いや違う。早乙女さんとの距離が近くて、早乙女さん本人が俺との距離を縮めようとしてくれているから俺が埋めるんだ。
そうでないと、たった今自室で考え込んでいるだろう早乙女さんに、何を言って近づけば良いか分からない。だから、俺は、俺のするべきことは、早乙女さんに寄り添うことだと思う。
尻ぬぐいではなく、これは俺の求めることであり、早乙女さんも求めること。簡単に出来ることではないが、少しずつ近づくこの距離感なら、応えられるかもしれない。
出した答えは間違いではない。前話した、「私は大好きという気持ちがあって付き合ってるわけじゃない」ということ。それを思い返すと、そうだと思える。だから俺は、穴埋めを正解だと思う。八尋先輩を早乙女さんから離したことを――大正解だと思う。
「今日も深い深い悩みがあって、考え事のために澪から逃げたの?」
ちょうど考えることをやめて、防波堤を離れて少し先まで歩こうとした時だった。神出鬼没は現れた。
「……まぁ、最近はそれしかないからな」
「久しぶりだなー。こうして夜に外に出て、風に当たるのって夏とか秋には良いかも。気持ちいいし、考え事もしやすそうだしね」
その声を聞いて振り向いた先、生徒会の激務を経て、八尋先輩の処理を任せた幽先輩の姿が、そこにはあった。
「やっほー、ここでは久しぶり」
「お久しぶりです。珍しいですね。暇してたんですか?」
「そんなとこかな。家でも生徒会のことばっかりしてると気が滅入るし、たまには霊に付いていって、気分転換も良いかなーって」
「なるほど。お疲れ様です」
ここで幽先輩と会うのは約半年ぶり。滅多に出会うことはなく、常に生徒会の激務を背負っているため、プライベートすらないようなもの。今会えてるのは奇跡に近い。
「2人はなんでここに?」
「私は多分ここに徘徊者が居ると思って来た。姉さんは、そんな私に付き合うってストーカーして来た」
「流石にここに来るのは分かったか」
「勘だし、居ないとしても気分的にここには来てたけどね」
「ふーん。ゲーム以外にすることはないのかよ」
「今のとこはね」
勉強は学校だけでしかしないらしく、それで学年1位という嫌味のような存在。ゲームなどに費やすだけの時間があるのは、羨ましくてもそれなりに苦労しているだろうから、一概に妬むことはない。
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