第59話 罪

 「よっ、目醒めたかな?」


 「……うっ……ここは?」


 無駄に過ごした1時間のカラオケ店内。やっと起きた八尋の隣で、私は言う。


 「ここは八尋の大好きな部屋だ。カラオケって言って、歌を歌う場所」


 「……んなこと知ってる……ってかお前、寧じゃねーか。なんでここに?」


 「可愛い可愛い妹と、その親友と、お前の元カノからの願いでここに居るんだよ。今日は土曜日でも、私たちは忙しくてね。時間を奪ったお前には付いてきてもらうよーん」


 「……あいつらか。で?どうする?」


 「だから付いてきてもらうんだって。バカでも耳は良いでしょ?ほら、立ってから生徒会室へ行くよ」


 「いてぇなぁ!離せよ!」


 腕でも背中でも脇でもなく、耳を掴んで無理矢理立ち上がらせる。八尋に単なる力で負けることはあっても、技量では勝つ。故に敗北はないため、こうして遊んでも反撃を恐れはしない。


 「うるせぇなぁ。黙れよ」


 妹にすら敗北した男に恐れることはなく、私はその調子で宥めながらも明日歌の生徒会室へ連れて行った。


 ――生徒会の鍵が開かないことは滅多にない。最近だと、文化祭や修学旅行、各学年の林間学校といった行事で激務を強いられている。そんなこんなで、たったの5人で仕事を回すのは大変なのだ。


 そして今、その1000人ほどの人間を統べる生徒会室にて、全員集合して八尋を囲んでいた。


 「さて、八尋くん。君の犯した大問題についてだけど、どの範囲までが妥当な裁きだと思う?」


 現生徒会長として、3年生の候補すらも押し退けてこの席に座る秀才、花宮楓香。天然ながらも、才色兼備なその才能は確かなものであり、真剣な眼差しで八尋を見つめる。


 「……知るかよ。勝手に決めろ」


 「ここに来てまでカッコよく在ろうとしなくていいのにな。同じ男として恥ずかしいぞ。その我儘を言う歳はとっつくに過ぎてると思ってたのに」


 生徒会で唯一の男子であり、全部活を総括する部活長と会計を兼任する2年生――音方千おとかたせん。思ったことはすぐに口に出す性格で、私と同じく八尋を苦手とした人である。


 「勝手に決めれるのなら、私は問答無用で君を刑務所に入れたいけれど、それは無理でしょ?だから君の願いを聞いてるの。一応言うけど、君をこのまま通報したら、社会的に君は死ぬことになる。有名人で人気がある人ほど、落ちる時はどん底まで落とされるから、よく考えてみて」


 「……んなこと言っても、俺が何かを言ったとこでどうにもならないだろ」


 「あはははは!バカな先輩って、見るだけで滑稽ですね。私は有名人だからって気取りはしませんけど、こうも裏が悪くて好き勝手暴れる人、見たことないですよ。普通に法に裁かれてほしいです」


 生徒会唯一の1年生であり、生徒会の仕事の中でも比較的簡単な書記を任された秀才――青砥紬あおとつむぎ。秀才でありながら、他人と全く合わない特殊な価値観の持ち主であり、サイコパス的な一面もたまに見せる変人とも言える存在。


 「ただでさえ忙しいのに、面倒を増やす。しかもその内容が強姦未遂と暴行。人間として終わりだな」


 その紬の隣りに座ってキーボードを叩くクールな女子生徒。2年生で会計を務める――紅葉世奈もみじせな。何よりも面倒を嫌い、男という性別の人間を例外なく苦手とする性格の持ち主。


 「聞くように、うちの生徒会は満場一致で君の罪は重くあるべきだと考えてるの」


 落ち着いてきた人間は、少しばかり正常に思考が働く。まだ高校生である成長段階の今、犯罪を犯し、法に裁かれることがどういうことなのか、身に沁みて恐怖となる。次第に顔色の悪くなる八尋を見て、紬は笑う。


 「他校の生徒にも手を出してるから、そっちの方向にも行けないよね。ちなみにだけど、八尋くん。あと何人彼女居るの?」


 候補はまだ居ると言っていたそう。ならば、早乙女ちゃんと、まりんという他校の女子以外にいると考えるのが普通。


 「……忘れたな」


 「なんでそんなに彼女を作ったの?暇だった?それとも優越感に浸りたかった?承認欲求がバカげてるの?」


 「……どうだろうな」


 「早乙女ちゃんに不満があったの?浮気するほど、何か欠如していることがあったの?」


 「……いいや、ない。ムカつくほど完璧だからな」


 それはそうだ。私が知る中で、私を除いて完璧の権化は、楓香と早乙女ちゃんだけだ。


 「っそ。全ては君が悪いということなんだね。まぁ、どうでもいいか。君はここから退学してもらうことは決まってるし」


 「退学?待ってくれ。退学は取り消してくれよ。せめて謹慎とかにしてくれねーか?」


 「なんで?」


 「……親父に、親父にバレたらやべぇんだよ!」


 「で?それよりも、私は生徒会長として学校の生徒を守る義務がある。より良い学校生活を送らせることを約束したからね。そのために犯罪者は学校に置けないんだよ」


 「それでも――」


 「無理」


 楓香は遮る。普段まったりマイペースであり、誰をも好きそうな楓香でも、八尋のことは前々から好きではなかった。それは八尋以外なら周知の事実だ。だから逃がす気もなく、学校に置くこともない。


 「この学校の運営は生徒にほぼ一任。退学ともなれば先生も介入するけど、これはどの道結果は同じだよ。クズは裁かれるべき。反省したところで早乙女ちゃんの気持ちは晴れないし、七夕くんへの過去の痛みは消せない。だからこれから君はそれを反省するための期間を得たい。なら、退学して頭を冷やすのが賢い選択だよ」


 「冷える頭持ってなさそうですけどね。あははは」


 「八尋。我儘を言いたい気持ちもあるだろうが、よく考えろ。これは優しい方なんだ。本当ならお前は、周りの人間に避けられ、1人で生きることを選択しないといけなくなる。それを花宮が退学で済ませようとしているんだ。黙って受け入れるのが正解だと思うぞ」


 音方の、今承諾しないと後から痛い目見るという遠回しの説明。しかし、そんな甘い世界ではない。八尋には当然の報いを受けてもらうつもりだ。


 「…………」


 それから八尋は考えるように黙り込んだ。次に口を開いたのは30秒後。「分かった」と、悔しそうに下唇を噛んで、それらを承諾した。

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