第35話 黒に近い

 日が暮れて、早乙女さんが帰宅した後に、お風呂へ向かったタイミングで俺は徘徊を始める。多分、徘徊は1人が好きと言ったから付いてくることはないだろうが、付いてくる可能性もあるため、一応絶対に付いてこれないタイミングを見計らっている。


 特に今日は付いて来てほしくない理由があるし、悪いが毎回お風呂のタイミングで行かせてもらう。


 時刻は19時前。夏の終わりが近づくのを目で見て感じる暗さ。同時に秋を感じる肌寒さの今日、変わらず徘徊を始めた。1人でぶらぶらするのが目的であるいつもと違い、理由があるから今日は徘徊というわけにもいかないが。


 自宅から少し離れた海辺の防波堤。砂浜へと降りる階段の横を、いつもは歩いたりしているが、今日は歩くことが目的ではないからここに来た。


 数少ない落ち着ける場所。この時間帯は誰も来ない場所。考え事をするには最適な場所だ。学校で足が疲れたりした時のここでの休息は、どうしても止められなかった。特に夏。波風と波音により、それはもう心地良い気分でそこに居られたほど、相性抜群だった。


 そんな季節も終わりを告げ始めたから、今日が夏最後の徘徊かもしれない。防波堤の先端に座って、危なげなくその時を待っていた。


 「相変わらず寂しそうに座ってるね」


 「逆に寂しそうじゃなかったらどう座ってるのが正しいんだ?1人で笑ってる?1人で喋ってる?」


 「そういうことじゃないよ。何か悩み事を抱えてるのが丸見えだって言ってるの。それも家族のことで」


 「そんなの友人なら誰でも分かるだろ。相談したんだし」


 「だったら私が来るのを嬉しく思ってることを表現しながら座るのが正解かな」


 「躾けられたくない」


 見ずともおっとしりた喋り方から、どこにどう立ってるかが分かるほどの関係。防波堤の端に座っていて、背後に立たれても恐怖を感じないほどの関係。親友の権化だ。


 吹く風に倣うように後ろを振り向く。季節も変わり目。またお風呂上がりかとどんな服で来てるのか気になったが、いつも幽は予想を超えてくる。


 「なんでまだ制服なんだ?」


 「制服姿の私が好きな風帆くんのために制服なんだよって言いたいけど、普通に姉さんのお風呂が長かったからだよ。帰っても着替えないからね。だから制服」


 「……よく分からないけど、帰宅してから結構時間あるだろ?その時にお風呂入らないのか?」


 「入ろう入ろうって思って時間経過するタイプだから」


 「なるほど。それなら納得だ」


 類友でも、流石に日常生活までは同じではない。帰宅して制服のシワを気にする俺は着替えるが、そんなことどうでもいいタイプの幽は違う。最初は面倒で止めようと思ったが、シワがついたりゴミがつく方が面倒だと知ってからは着替えるようになってしまった。


 「それで、先輩からは何か聞けた?」


 昨日、幽のお姉さんに、早乙女さんの彼氏さんの浮気が怪しいかの探りを入れてもらうようにお願いし、今日即実行してくれたらしく、そのことを聞きに来た。


 十分に空きのある俺の左側。右側はもたれ掛かるために壁があるので、当然のように左へ座る。距離は本当にすぐそこのゼロ距離。おまけに俺に背を向けてもたれ掛かるので、一切動けない態勢となる。


 「うん。姉さんが思うに怪しいらしいよ。そもそも八尋先輩自体性格的に怪しくて、知る人は性格悪いとか言ってるくらいだって」


 「へぇ、黒寄りってことか」


 「うん。でもこれも姉さんの思うことで、周りの人の意見だから浮気に繋がることでもないけどね。どうするの?」


 頭を俺の肩に優しく当て、首も若干曲げて瞳を向けてくる。暗くなる時間帯でも透き通るその瞳は、見慣れても綺麗と思う。普段はポニーテールだが、徘徊の時には必ず髪を垂らしている。だからそのサラサラの髪が靡けば、首にあたって落ち着けもしない。


 「少し、何かしらの策は考えるかもな。知る人は性格悪いって言うのがガチっぽくて、裏表のある性格の人だったら、今よりも調べる必要がある気がしてきた」


 「なるほどね」


 「幽はどう思う?」


 「私は元から黒だって思ってたから、全然調べる気でいるよ。多分風帆くんが調べなくても1人で調べてただろうし」


 「そうか。どの道ってことか」


 早乙女さんはもうしっかりと家族だ。これから共に過ごす人同士、隠し通せるほど俺の良心は緩くない。いつか分かった時に悲しまれるのも嫌だし、知っていて見過ごしたという大嫌いな罪悪感に苛まれるのも嫌だ。


 疑うべき要素が生まれたのなら、そこから詮索するのは仕方ないことだ。疑心暗鬼になれば、最善の手段として選ばざるを得ない。だから、これはもう浮気してることを前提に進めるしかない。たとえ違っても、2人の関係が良好ならいい。


 「最近よくカラオケとか行くらしいから、その時を狙っても良いだろうし、他校の生徒とも交流があるって言ってたから、可能性は大きいね」


 「それはいいこと聞けたかもな」


 「姉さん、八尋先輩のこと好きじゃないらしいから、どんどん教えてくれるよ。風帆くんから頼まれなかったら断ってたって言ってたし」


 「悪いことさせてるな。すみませんって言っててくれ」


 「はいよ」


 早乙女さんの上位互換が幽先輩だ。どんなことにも元気で乗り越える人気者。そんな人が嫌うほどの性格の持ち主。確実に近い多分で、黒だろう。

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