第50話 抱き枕
「スキンシップが好きな姉だな。弟はそういうのは苦手なのがテンプレなんだけど」
「それは血の繋がりがある弟のテンプレだからね。私たちは違う」
「血の繋がりがないからこそ恥ずかしくて、この状況に慌てふためくんだよ。分かってくれるか?」
「嫌そうでもないし、朝に弟に起こされるって良くない?」
「弟居ないからなんとも言えない。嫌そうじゃないのは、早乙女さんが朝から機嫌悪くなるから」
「朝は弱いけど、機嫌悪くなることはないよ。毎日起こしに来てくれても、なんなら一緒に寝ても良いんだよ?」
「……遠慮する」
これまでなら、彼氏さんがいるから、という罪悪感を感じることを理由に遠ざけたが、それすらも言いにくかった。もう近い未来では、高い確率で早乙女さんに彼氏は存在しなくなる。それを知っているから、罪悪感は薄れ、口に出すことも憚られる。
「起きたなら、リビングでゆっくりテレビでも見たらどうだ?」
まだ登校時間には1時間以上ある。準備の時間を削ったとして、それでも30分は余裕がある。ずっとこれは耐えられないものがある。
「テレビってニュースくらいしかないし、もう少し寝てようかな」
「なら、両腕は離してくれないと、早乙女さんは寝れないし、俺は離れられない」
「安心感あって寝れるし、離れてもどうせすることないでしょ?だから、ベッドの上に腰載せて座ってよ」
「そんなに触れてたいのか?」
「甘えたい気分。ゆっくり安心感に浸って、気持ちよく二度寝したいの」
「そんな気分あるんだな」
拒否はしないが、心の中は不思議感に溢れている。甘えたい気分なのは、それを欲する過去の何かが理由だろう。心を閉ざして、今はそれを解放した。男女の壁を壊して家族としての壁を作った。だから俺が男でも、スキンシップには抵抗がない。
俺は許可することを、可哀想だからと思ってしていない。ただ、彼女の思いに応えることで、俺もまた気分が良くなっただけ。自己満足と言えばそうだ。ただ、これはお互いにメリットのあることだから、自己満足と一概には言えないが。
俺は触れられることには慣れていない。男女共に。だが、悪い気はしなかった。軽い腰を上げて、ベッドの上にストンと落とす。今度は背を向けて、早乙女さんの表情を見れないことを残念に思いながらも、腰に腕が巻かれることを待った。
そっと巻かれる腕は、思っていたより強くて、腹部が締め付けられるほどだった。ぐっと寄せられるように、いや、早乙女さんが寄ってくるように動く。
「もうピッタリとくっついてるだろ、これ」
「よく分かったね。硬い上半身用の抱き枕みたい」
「売れない抱き枕だな。後ろに手をついて、だらけることも許されなくなったわ」
「一緒に寝たらいいんじゃない?」
「一緒に寝るの大好きだな。色々と難しい部分があるから無理。寝るとしても1年後の、家族として慣れてきた時くらいだな」
「長ーい」
「抱き枕買うから、それで我慢してくれ」
「七夕くん抱き枕?」
「売ってないし、特注でも作らない」
想像しただけで気持ち悪い。人の体や二次元のキャラクターの抱き枕が売ってあるのはよく見るが、それは好いてる人がいるから販売してるのであって、ただの一般人が抱き枕にされるのは、友達間の冗談でしか見たくない。
だとして、翔の抱き枕はマジでいらないな。幽のは欲しいが。
「ほら、寝るなら早くしないと残り時間減ってるぞ」
「今日は土曜日の朝だから後48時間くらいはこのままで大丈夫」
「現実は金曜日らしいけどな」
「うわぁー。勿体ない。早起きするのも起こしに来るのも、明日にしてよー」
「明日は9時に起きるんじゃないか?休日は目覚ましかけないし」
習慣化された体に目覚ましは必要ないのだが、一応平日の7時半には設定している。休日は好きな時に起きるので、曖昧。
「残念続きだな」
俺からすれば、残念なことばかり起きているのだと既に多くを知っている。心の底から大好きって理由じゃないのが幸いだが、それでも自分の心を受け止めてくれた人の裏切り行為は、過去に重しを抱える人には大きなダメージになる。
良いこと起きてるのか……?
「明日も起こしに来てー」
「はいはい。俺が先に起きたら起こしに行く。寝たふりは通用しないからな」
明日。それは今日の夜に話をしてから迎える日だ。気分的にもよろしくない時間だろうし、部屋に籠もりたい気分でもあるだろう。どうするかは、明日の俺が決める。
「夜ふかししよっと」
「……するかもな」
多分心の傷は瞬時に癒やされるものじゃない。夜ふかしはしてしまう。したくなくてもしてしまう。落ち着けないその気持ちは、ショックを与えてしまうから。
伝えるのは良いことかもしれない。けれど、傷つけてしまうのは胸が痛む。こうさせてくれた八尋先輩にも、いつかは制裁が下ってほしい。俺にも早乙女さんにも背負わせた苦を、倍は受けてほしい。
「今日の夜、少し話したいことがあるから、部屋に来ていいか?」
「話したいこと?珍しいね。言わないで訪問してくれればいいのに。それに話したいことって、初めてじゃない?」
「そんなことない。けど、初めての内容ではある」
「愛の告白とか?」
「姉さんにそんな気持ちは抱いてない」
「そっか。なんだか楽しみ」
ふふっと、眠気を残す声音に、俺は少し下唇を噛んだ。
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