第74話 勝手に

 明日歌高校の文化祭。それは生徒中心なだけあって、体育館を使った演劇から、教室を使っての喫茶店、グラウンドを使った、世間一般で有名なスポーツの名場面再現など、多種多様で文化祭でしか出来ないことが行われる。


 教室棟、グラウンド、体育館。この3つの施設を使っての学校行事なんて、きっと稀有である。生徒数も多い方であり、都会の学校でもある明日歌。それだけ地域の人や親を集めることが出来るため、敷地全てを使ったとて、1つも問題は起こらない。


 うちには最高の生徒会が存在するのだから。


 「それにしても、みんな安直だよね。私の名前で役を決めるなんて」


 幽霊。このクラスのお化け屋敷という、最悪のテーマが決められた瞬間に決まったも同然の役割。私はそれにムッとすることすら許されず、満場一致で驚かせる役に。


 マスコットなんて言うくらいなら、驚かせることなんて出来ないと思うのが普通であってほしいものだ。


 「似合ってるし、良いんじゃね?」


 風帆くんは安定の同じ役目。本当は看板と、今私が掛けてるお面を製作するだけの係だったけど、私が強制的に呼び込んだから、情けなく同じ格好をしてもらってる。幽霊のくせに、中々にカッコよくて、過去の恋愛感情を抱いた私が再発しそうなのが、かなりの懸念点だ。


 「可愛い人に、幽霊役は出来ないの。そりゃ、私は美少女なんだから似合ってるのは当然だよ。だけど、叫んだりするのは得意じゃない」


 「立ってるだけなら?」


 「それなら私の意味ないよ」


 150cmという、風帆くんと比べて20cm以上ある身長差。こんな私が、人前に立つだけで驚かれるわけもなく、撫でられて置物と思われるのが普通だろう。


 「影薄いから、突然喋ったら驚かせそうだけどな」


 「多分その作戦だけでいくよ」


 期間は3週間ほどだったが、多分どの学校のお化け屋敷を上回るほど、上出来である。距離は道のり25mほどだけど、その間に予算で出来るだけのことは施してある。これはお化け屋敷でも、幽霊に怖がるのではなく、幽霊に扮した人間にいつ驚かされるかのドキドキを味合わせるためのもの。


 悲鳴の1つは上げさせてやろうとは思う。


 「巻き込まれた俺も、どうしようか悩みどころなんだよな」


 合計8名の幽霊役。私の役じゃなくて、テレビで夏に放送されるあの非現実的な幽霊の方。それに巻き込んだ私も悪いが、最近の話を聞きたいと思って呼んだので、最近話せてない時間をここで確保する。


 「ただ叫ぶだけでしょ。それなら私よりも得意なはず。毎日澪に叫ばされてるんじゃないの?」


 いつしか、私の目標は私が動かずしても動くようになった。それはお互いの気持ちの変化が影響し、私が何をしようとも、勝手に澪と風帆くんが、恋心について自分なりの考えを知り始めた、いや、探り始めたからだ。


 何よりも気になる今の関係。澪は絶対に、恋心について知らないことだらけで混乱するから、私が風帆くんにベタついて意識させようと考えていたが、全く必要なかった。


 私の予想を遥かに超えた思考力で、いつの間にか距離感に恋心を探る間が生まれているのを感じた。そりゃ、家族として家の中で常に会うならば、それなりに私の目の届かないところで進展はする。けれど、流石に予想を超え過ぎだ。


 「早乙女さんからは、驚かされるっていうよりも、考えさせられることが増えたから、叫ぶこともなくなったな。最近は落ち着いて、俺に対してもスキンシップはとらなくなってきてし」


 「澪が?仲良くなったなら、スキンシップとるんじゃないの?」


 「どうだろう。遠慮してる感じはしないし、あれが普通だと思うけど」


 だろうね。


 慣れが生まれて、いつの間にかお互いの気持ちの間隔を知ってしまったのだろう。澪は特にそういうタイプだ。恋心に気づいたのなら、きっと過去の八尋先輩のことと重ねたはず。その上で、七夕風帆がどれほど私を受け入れるのか。それを確かめていた期間を作ったのだろう。


 「澪のこと、風帆くんは最近どう思う?」


 ド直球だ。もう、隠し事をしたら、それは答えが出たも同然。口から声が出るのを待った。


 「どうって、その方向によるな。家族としてなら、いい姉だし、家族じゃない視点からなら、関わりやすい美少女だし、まだ友達になり始めた設定の今なら、目の保養で癒やしだと思うし」


 考えたことなかったのに。方向性を考えるほど、言い訳を作る人ではなかったのに。


 やはり風帆くんは、少しずつ澪に寄り添い始めている。その想いに、薄々と気づいているはずだ。私には分かる。隠し事をしないから、隠し事が苦手で、いつか口に出る前に、顔に出る。


 目線を逸らすのも、その行き先が澪なのも、全ては繋がっている。


 私には靡きもしなかったのに、いざ美少女が家族となると、その意識は確実に刈り取られる。悔しいけど、澪なら良いなんて思う。同学年で、プライドの高い私が勝てないと思う唯一の存在だから。


 「なるほどね。青春してて、私は嬉しいよ」


 「あんまり関係ないけどな?幽とも、それなりに青春してるつもりだけど」


 「まぁ、これからはその数も減るだろうけどね。もしも、風帆くんに何かしらの大きな変化があっても、私とは暇潰しの時間に手伝ってもらうからね」


 それは、いくら澪でも譲れない唯一の時間だ。

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