第48話 寝相

 「そう言ってくれると嬉しいわ。澪も喜ぶだろうから、恥ずかしさがなくなったら言ってあげてね」


 「はい」


 慣れないことは言う気もする気も起きない俺だが、こればかりは言う気はあった。同情といったら正解かもしれない。それでも、早乙女さんには人と触れ合うことの幸せを知ってほしかった。


 「それと、風帆くんはよく夜になると外に出るけど、澪はその間ずっと寂しそうにしてるから、たまには連れて行ってあげてほしいな」


 「そうですね。俺もそれは思ってました」


 何度も感じた。徘徊から帰宅した後の早乙女さんの対応が、いつもより何倍も冷たくて鋭い。構ってほしいというオーラは出てないものの、不満があるからと、遠回しに伝えられてる気分ではあった。


 「1人が苦手なタイプだし、風帆くんと友達になれることを楽しみにしてるのよ。騒がしいから夜には向かないけど、よろしくね」


 「おとなしく付き合わせる方法ってないんですか?」


 「おとなしく、か。んー、元気が常に有り余ってるからね、学校で6時間全部体育だったらおとなしくなるだろうけど、学生の体力は無尽蔵だから難しいかな」


 「なるほど」


 流石に常識人ではあるから、夜に大声出すなんてバカげたことをする人ではない。だけれど、人は自分のことには意外と疎く、普通に喋る声が大きすぎるなんてことはよくある。


 早乙女さんはどちらかというと大きい方。だから、普通がうるさいことだってある。仕方ないことでも、自重はしてもらう必要がある。言えば聞いてくれそうだけど。


 「どしてもって時は、風帆くんが静かにしろって言えば言うこと聞くから大丈夫よ」


 「そうなんですかね?」


 「なんだかんだ懐き始めてる頃だから、言うこと聞くわよ」


 「ペットじゃないんですから」


 でも分かる。確実に距離は縮まっているのだと。だから可奈美さんの言うことは理解しているし、イメージもつく。が、調教師というか飼い主になるつもりはないので、扱いは人間のまま変わらないだろう。


 「大丈夫。滅多に怒らないし、すぐに泣き出すこともないから。それに、負けず嫌いで対抗心凄いから、ペットにはならないわ」


 「だといいんですけど」


 ペットになりそうな未来も見えなくもない。ノリがいい人だから、ペットになれと言ったら実行してくれそうではある。


 それにしても、可奈美さんから見た早乙女さんは俺と似たところが多いと思った。陽キャと陰キャで真逆の存在ではあるが、似た人生を送ってきたからか、感情に関することが共感出来たり、少なくともそこらのクラスメートよりかは共通点はある。


 凸凹であり類友でもあったりするのかもしれないな。


 時刻は6時前。可奈美さんは時計を見ると言う。


 「そろそろ出勤時間だから行くわね。朝から学生の相談に乗れて良かったわ。帰ってきた時に、解決してる風帆くんを見るのが楽しみ」


 「解決してるといいんですけど」


 「ふふっ。大丈夫よ。それじゃ、行ってくるわ」


 「朝からありがとうございました。いってらっしゃい」


 飲み干して空になったコーヒーカップをキッチンへ運び、簡単に洗い終えると、そのまま部屋を出た。こんな朝早くからの出勤なんて、少しは勤務先に家を近づけた方がいいと思うほど、俺には厳しいものがあった。


 「大変だな」


 移動に結構な時間を有するため、この朝早くの出勤なのだが、父も可奈美さんもよく働けるものだ。


 そんなこんなで、朝早くに起きてきたことを初めて良く思った俺は、まだ登校時間まで余裕のある今を、どう潰そうかと悩んだ。またベッドに入るのも起きれなくなりそうだし、リビングでテレビつけてニュースしかない画面を見るのも好みじゃない。


 そんなどうするか悩んでいた時、背を向ける早乙女さんの部屋からドンッと音がした。その音を聞いた俺の耳は、脳に伝わり1つの答えを出した。


 「ベッドから落ちたのか?」


 そうとしか思えなかった。物はそんなに置いていないと言っていたし、落ちたとしてもドンッとはならない。確実に重さを持った何かが、少しの高さを落ちた音だった。


 俺は自然と、その音に気を取られてから足が動いた。もしかしたら急に体調が悪くなって倒れたとか考えられたのが1番だ。しかし、他にも理由はあった。先程可奈美さんから聞いた、早乙女さんとの距離についてだ。


 俺はそれを思い出して、今なら実行していいのでは?なんて思ったのだ。少し前、早乙女が俺の部屋に入って寝顔を見ていたこと。そのことを盾に、俺も見る権利はある。


 寝顔どころか寝相まで見れそうなのが貰いすぎてる気もするが、好奇心に駆られた俺は、いいんじゃないかともう止まる気はなかった。


 「早乙女さん、大丈夫?凄い音がしたけど」


 絶対に軽くて柔らかいだろう早乙女さんの体でも、落ちたら予想以上の音を鳴らすのだと、人の重さと落ちた時のダメージは計り知れないと思った。


 「入るよ?」


 一応聞いて入るのだが、返事はなかった。ならばと、罪悪感はあれど、薄いそれを持ち、俺は扉を開いた。動悸が激しくなるなんてことはなかった。どうなんだろうと、興味に意識を割かれてそれどころじゃなかったのだ。


 そして半分ほど開けて中を覗く。するとまず目に映ったのは、当然のように床に寝る早乙女さんの姿だった。

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