第55話 本性

 昼過ぎ。七夕くんから力を貰った私は、八尋先輩と待ち合わせのカラオケ店へ向かった。1人なのは寂しいけど、終わらせるには1人が良かった。悲しさはない。あるのは早く別れたいと思う気持ちだけ。


 話したいことがあるからと呼び出したので、もしかしたら気づかれてたりするかもしれない。何も隠さず、平気で浮気するような人なので、その点、賢いとは言い難いが。


 時間指定されているので、13時半丁度に部屋に入った。周りは休日のため常に誰かの歌声が漏れていて、叫びだしたり甲高い声が響き渡っていた。


 そしてそんな中で、歌を歌うこともなく、1人でスマホを触りながら待つ人がいた。指定された部屋。堂々と足を組む男。八尋隼也だ。


 「おっ、来たか!よっ!」


 チャラいと表現するのが正しい。誰とでも分け隔てなく接すると聞くけど、それは偽りの姿かもれない。今の私は八尋先輩の全てに疑心暗鬼。素直にこれが本当だと認めない。


 「すみませんギリギリで、今日はありがとうございます」


 「いやいや、早乙女からのお願いなんて珍しいし、別に気にしてもないさ」


 テーブルを真ん中に、2つに分けられた椅子。私は八尋先輩と真逆に座った。隣なんて座れるほど勇気はなかった。


 「それで話って?早く終わらせてせっかくのデート楽しもうぜ」


 バレてはなかった。まぁ、そうだろう。常に警戒しながら浮気をするほど、長けた能力を持つ人じゃないのは知っている。知らないことは多いが、別にそれこそどうでもよかった。


 「そうですね。私も早く終わらせたいので早速本題にいきます」


 遊ぶことしか頭にない人。こういう人こそ、灯台下暗しだ。いつから浮気がバレないと思っていたのだろう。もしかして、私なら気づかないとか思ってたり?そうなら憤りも感じるけど。


 崩した姿勢で私の話を聞こうとする八尋先輩に対して、私は整えて対抗する。


 「これは私が聞いたことなので本当かは定かではありません。なので間違いなら申し訳ないです」


 「ん?ああ」


 「単刀直入に――先輩は他校に彼女が居ますか?」


 「――はっ?」


 聞かれたことに動揺し、飲もうとした炭酸飲料を吐き出しそうになった。ギリギリ耐えたようだが、心当たりがあったのは露呈したも同然。


 「他校に彼女?いや、居ないけど」


 「では、まりんという女子生徒に心当たりは?」


 「まりん?……いや、知らないな」


 「なるほど。では、この間のカラオケで95点を獲得して褒められた人は誰ですか?」


 「なっ……だから知らないって」


 「確かに動画を見せてもらいました。他校の女子生徒と肩を組んで、褒めて気分良くなって歌う先輩の姿を。そこにはまりんという人が褒められているようでした。もし違うとしても、先輩は私が居てもあのようなことをする人、ということになりますが」


 「…………」


 予想外の話に、付いていこうとしても離される。バレると思ってなかったから、人はこうして動揺に動揺を重ねて、本当を教えてくれる。ついに答えることもなくなった八尋先輩。優しさは周知されているので、私はそれに甘えて強気に言った。


 しかし、それはあくまで体裁。知り得るはずもない、浮気をする人の本当の性格。


 「……マジ?風蘭の誰がチクったんだよ。くっそぉ、結構大物釣れたと思ったのに、ここでバレんの?」


 天井を見て、狼狽していた時とは全く別人の、誰かがそこには居た。悔しがり、額に手を置いて考えている。何をしようかと、この先のことを決めているよう。


 「……認めるんですか?」


 「逃げられないだろ。ここまで追い詰めたんなら、逃さないように他の情報持ってるだろうしな」


 考え込みすぎてるおかげで、良くも悪くも状況は傾いた。


 「……1ついいですか?」


 「んだよ」


 「何故私を彼女に?」


 好きを知らない。だから基準を聞きたかった。何故私を彼女にしたのかを。


 「そんなのお前の顔が良いからだろ。体つきも好みで、俺のものに簡単に出来ると思ったんだよ」


 聞いても答えは分からないことは知ってた。存外捻くれてることだって。だからこれはただの、別れる時の気分を良くするためのもの。クズと別れて良かったと安堵感も得られるから、それが目的だ。


 「なるほど。ありがとうございます」


 「くっそぉ!せっかくいい女捕まえて、これから楽しもうとしてた時にタイミング悪ぃな!――んで?どうすんの?それ知って」


 根っからのクズというやつかな……。


 「ただ、別れることをお願いしにきただけです。先輩の考えも今分かって、その気持ちは変わりません」


 「あっそ。別れんのかよ。まぁ、他にも候補は居るし、不満はねぇけど」


 多分この人は生まれてから容姿に恵まれ、それを武器だと知ったのだろう。女子に有効な、自分が遊んで学校生活を過ごせることも。それに関して、不満もなかった。だから今、私のことを睨んでいる。唯一の逸脱者として。


 「だけどさ、1つ困ってるんだよ。これまで付き合った、若しくは付き合ってる女とはほとんどヤッた。全員にするには後お前だけなんだよなぁ」


 見下すように、立ったその高い視線から私を見る。


 「お前が1番好みだったから、最後にって思ってたけど、もういいよな。別れることは承諾してないし、これは合意の上でって説明も出来る。もちろんチクったらお前のその醜態を晒す」


 人は十人十色。その中で汚れた者も多く存在する。その1人がこの男だ。本当に居るのだと、私は恐れの中で思った。目の前に立つ男が怖いと思ったのも2度目。トラウマだけれど、慣れたからか、まだ私は震えだすことはなく、豪胆に構えていた。

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