第74話 第二兵士団
【お前らはあっち、お前らはこっち、お前らはあそこだ】
肉を運ぶ山賊達に指示を出している黄緑の地竜がいる。地竜は背後から罵声の様に注文させる内容にイラついているが、強者には従うドラゴンの定めか、ひたすら運ばれてくる肉の行き先を指示していた。
【グギャアアアア!!】
それは怒りの咆哮だった。
【新二】達に向かって荷車と食いかけの魔獣の肉が飛んでくる、素早く身を屈めた【新二】達の頭上をそれは通過し、大きな音を立てて木々を薙ぎ倒す。
【グギャアアアア!!】
【グオオウ?】
【キシャァアア!!】
【クオウクオウ!!】
どうやら黄緑色のドラゴンが指示して持っていかせた肉が口に合わなかったらしい水色のドラゴンが黄緑色のドラゴンにクレームを付けに来たようだ。
【グオオオオオ!!】
【クオクオウ・・・】
水色のドラゴンは黄緑色の地竜の顔を尻尾でビンタし、更に何かを言っている。
【グル・・・】
それはたったたった一言の唸り声だった。
ドラゴン達は声の主である銀色のドラゴンの方を見つめ、ドラゴンは大人一人の高さはある酒樽の蓋を。指先の爪で器用に割り、缶コーヒーのようにゴクゴクと飲み、大きな皿の上に並べられた若い裸の少女の頭を掴み上げ、ボリボリと菓子のように喰らった。
「待て、今はまだその時ではない」
銀色のドラゴンを切ろうと【新二】が一歩前に出る、だが【オズ】が【新二】の前に出る事でそれを止めた。
「【マエダ】殿、勘違いせぬように言っておくが。我々ドラゴンの中でも人間を好んで食する者はほとんどおらん。人間がドラゴンの肉を好んで食する者が少ないのと同じでな」
「分かってるよ【オズ】さん。【オズ】さん達が人間を食わない事くらい分かってる・・・」
【新二】はその後もお菓子感覚で少女を喰らう銀色のドラゴンは己の手で切ると誓い、【オズ】が荷車の横へ戻った時だった。
【クゥカアアアア!!】
それは一匹の紺色のドラゴンが何かを叫びながら銀色のドラゴンの前に落下し。一言何かを伝えるとそのまま動かなくなった。
【グガアアアアア!!】
銀色のドラゴンが立ち上がり、何かを宣言する。すると今まで肉を喰らっていたドラゴン達が慌ただし空を飛び初めて、【新二】達がやって来た洞窟とは反対の方向へ向けて移動を始めた。
「【マエダ】殿大変な事になった。どうやここに【マエダ】殿の国の兵士達が攻めてきたようだ。一旦ここは隠れて様子を見るぞ」
幸いな事に【新二】達と同じように肉を運んでいた山賊達は混乱に乗じて逃げ出しており。
【新二】達が何処へ行っても誰も気にしない状況だった。
【新二】達はとりあえず当たりに散らばっている空の酒樽に身を隠し、周囲の様子を伺って要ると。慌ただしく動くドラゴンや地竜の中に、背中に一筋の深い傷を負った者が何匹かいる事に【新二】は気付く。
【(あの傷跡は・・・)】
【新二】の脳裏に【ファイゼ】村を襲った一匹の地竜の姿が呼び起こされ、荷車にのせられた地竜の背中につけられた一筋の傷跡と一致する。
【(あの地竜は恐らくここから逃げ出した個体だったのか・・・)】
その後もしばらく待ち、ドラゴンや山賊の姿が見えなくなった頃、【新二】達は酒樽に入ったまま数メートル進んでは止まるを繰り返しながらドラゴン達が向かった方角へ進んだ。
洞窟を進んでいる途中では、樽が3本何故か立てならびでコソコソ移動しているという不審極まりない物だったが、ドラゴン達は突然の襲撃でそれどころじゃ無かったのと。ほとんどのドラゴンが戦いに駆り出されていたため、【新二】達の不審樽に気付く者が居なかったのは幸いな事だろう。
「これは世界の終末か?」
【新二】の目の前に広がる光景は薄暗い夜空の中を飛ぶ数百匹のドラゴンが、数千人の隊列を組む【帝国兵士団】に様々な炎のブレスを放つ姿。
ドラゴンの放ったブレスは【帝国兵士団】の隊列を飲み込む、しかし各兵士が纏う魔力の鎧のような物が兵士達を守り、隊列を崩さずに進行を続け。そしてお返しとばかりに様々な色の光をドラゴン達に向けて放ち、何発か食らったドラゴンは森の中へ墜落していく。
その光景を見た一匹のドラゴンが咆哮を上げながら【帝国兵士団】の隊列に特攻し、土煙を巻き上げながら隊列を真っ二つに切り裂く。ドラゴンは兵士達に突進を止められてもなお暴れ回り、被害を拡大させているとそれなりの実力者とみられる【帝国兵士】がそのドラゴンの首を切り落とした。
一方【新二】はその光景をただただ見ていた。本当なら【帝国兵士団】に加勢してドラゴン達を一匹残らず殲滅したい所だろう。
だが何人もの【帝国兵士】達がドラゴンに焼かれ、潰され、喰われても隊列を即座に組み直し。勇敢に臆する事なく挑む【帝国兵士】の姿に【新二】はこの戦いで下手に加勢する事は死んでいった彼らや命を掛けて戦っている彼らに失礼であると感じ。拳を強く握りしめながらも戦いの末を見届ける事にしたのである。
「人間って不思議よね、弱いくせに最強の生物であるうち達に勇敢に挑み。目の前で仲間が無残に死んでもその歩みを止めないなんて。
短い短命種でありながら時にうち達の想像を越える強者をも生み出す」
そう語る【ラオス】の視線の先には素手でドラゴンを吹き飛ばす謎の兵士がいた。
「この様子では【帝国兵士団】がドラゴンを残らず駆逐するであろう。本来は我々が手を下したい所だが、今ここで手を出すのはドラゴンとして生涯の恥じとなろう」
この戦いには手を出さない。それは【帝国兵士団】の雄々しく、堂々とした戦いの光景を見ていた【新二】達が。この戦いに横槍を入れるのは無礼であり、この神々しくもある戦いを汚す事になると自然に思った事でもあった。
戦いの局面は次第に終盤へと移り、銀色のドラゴンと素手で戦う謎の兵士との一気打ちとなった。
夜空を飛び回る銀色のドラゴン、どういう理屈か空をかけ上がる【帝国兵士】。両者の衝突は一撃一撃が大気に響き渡る衝撃波をお越し、やがて銀色のドラゴンのブレスを手刀で切り裂きながらドラゴンの頭を割った【帝国兵士】の勝利となった。
「戻ろう【オズ】さん【ラオス】さん。これ以上長居すると彼らと戦わないといけなくなる」
【新二】は最後に【帝国兵士団】の紋章を見る。それは帝国の黒剣に蔦科の植物が絡んだ紋章に二という文字が刻まれた【黒鉄帝国第二兵士団】の紋章だった。
「【第二兵士団】か、雄々しき者達の集団と覚えておこう」
【新二】達はもと来た洞窟を進み、盆地へ出ると。そこから更に来た洞窟の中を進む。やがて海が見える場所まで来ると【オズ】と【ラオス】はドラゴンの姿に戻り。【新二】は【オズ】背中に乗って【ラオス】は平行するような形で竜王の国【レムホワール】へ向かって飛んだ。
【誰かが俺を見ていた】
そう言った赤髪の少年は【黒鉄帝国第二兵士団】所属の【訓練兵】であり、【剣】候補の【二つ名】持ち、【武神】【シオ】。たった今銀色のドラゴンの頭を手刀で割り、止めを刺したが。ドラゴンの戦闘中に僅かだが見られている感覚があり、その方向を眺める。
しかしその感覚はもうすでに無く、何処かに隠れている気配もない。
【何者だ?】
【シオ】はドラゴン達を討伐するという任務の成功を喜ぶ【兵士】達に囲まれ、気が付けば宙を舞う胴上げをされており、そんな事は頭の中から消えていった。
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