二章【ファイゼ】村

第10話 新兵前田新二

「【マエダ・シンジ】訓練兵の卒業試験に合格し、本日をもって【新兵】に昇格するものとする」


日の出まで気絶していた【新二】は恐る恐る裏山を降りると、右腕に包帯を巻いた【ブラウン】教官が立っており。新品の黒い【兵士服】を【新二】に渡した。


「本当にいいんですか?、俺は・・・【ブラウン】教官に負けました・・・」


兵士服を返そうと手を伸ばすが、【ブラウン】教官は拳骨を【新二】に食らわせる。


「いってぇええ!!何するんですか【教官】!!」


「ワシは勝てとは一言も言っとらん。【明日の夜明けまで生き延びる事】と言ったのだ。お前は生き延びた、黙って受け取れ」


【新二】は不服ながらも受け取り、木陰でこの一月大変お世話になった訓練服から兵士服に着替える。


「似合わないな」


【ブラウン】教官の一言に【新二】は不貞腐れた顔をする。


「まぁ、それでも合格なのは決定事項だ。今さら不合格とは言わん」


【ブラウン】教官は【新二】に3枚の紙を渡す。


「これがお前の勤務地、【ファイゼ】村への地図だ、幾つか町や村を通過する必要があるが、2枚目の通行書を持っていれば大丈夫だろう。道中の宿や食事は兵士の詰所や駐屯地に行けば世話をしてもらえる。そして3枚目が帝国から【ファイゼ】村へ勤務命令が書かれている委任状だ。早く行くが良い」


【新二】は煮え切らない思いにモヤモヤしながらも訓練学校の門まで歩き、後ろを振り替えると小さいながらも【ブラウン】教官の姿が見えた。


【【ブラウン】教官!!、俺は貴方が嫌いだけどおおお!!。短い間お世話になりましたぁぁあああ!!ありがとおおお!!】


校門からきこえる【新二】の声に【ブラウン】教官は目頭が熱くなる。


「さっさと出ていきやがれ鼻垂れ小僧!!」


【新二】が【ブラウン】教官に頭を下げる中、【ブラウン】教官はさっさと校舎へ歩いて行き、【新二】は【ブラウン】教官の罵声が何時もより優しいニュアンスの声で、少し口元が緩みながらも【ラマス】兵士訓練学校を後にした。


【訓練学校】を後にして2日がたった。道中の【詰所】や【関所】で勤務地が【ファイゼ】村と伝えると、同情の眼差しや励ましの言葉を先輩から頂き、【ファイゼ】村に対する不安だけが積もっていった。


「あれが帝都【ハイドラ】か・・・」


遠くに小さく見える城を眺めながら、【新二】は砂利道を歩く。道中すれ違う通行人や行商人から会釈される度に、ぎこちない返しをしつつ歩いて行くとやがて【新二】のただ黒い兵士服とは違い、布地に赤が混ざって、襟と袖に金色の刺繍が施されている一団が目の前に姿を表した。

 兵士の顔ぶれはどの人も【新二】と同年代か少し年上程で何かを雑談し、笑いながら近付いてくる。


「こう言う時は道を譲って知らぬ顔だな」


【新二】は学校で廊下を我が物顔で歩く陽キャグループを思いだし、下手に関わると大事になってろくな事にならない経験から道の端に寄りひっそりすれ違おうとする。

 一人、二人、三人・・・、相手は【新二】に気も止めずすれ違っていく。やがて最後の一人とすれ違い安心した瞬間、後ろから拳が飛んでくる。


「なっ?!」


【新二】は反射的に拳を回避すると赤髪の少年の顔が不機嫌になる。


「こいつ避けた、生意気」


「いきなり何するんですか?!」


「お前こそ、エリートである我らに敬礼も無しですれ違おうなど無礼であろう」


「これはエリートとして指導がいりますわね」


一団が【新二】を囲み、【新二】は嫌や事に巻き込まれたと冷や汗が出る。


「それでは指導といこうか」


銀髪の青年が言うと兵士達が一斉に【新二】を襲う。


「グハッ・・・!!ウオッ・・・!!」


常人ではあり得ない速さの動きで拳と蹴りが【新二】を捉える。


「さっきまで威勢はどうした、アハハ!!」


【新二】に体制を立ち直らせる隙も与えない程の攻撃の嵐。しかも一撃一撃が僅かに手加減されており、【新二】の意識を奪わずに痛みだけを与える。


「(コイツら手慣れてやがる)」


明らかな悪意と娯楽本位のこの惨状に【新二】の何かがブチキレた。


「いい加減しろ!!」


【新二】は【千時】を具現化させ、一団を吹き飛ばす。


「キャ!!」


「グア・・・」


「イテェ!!」


「さっきから訳分からん言い分で人を殴りやがって・・・、当然反撃される覚悟はあるんだろう――」


パリン!!


何かが割れた音が聞こえ、右手にあった【千時】の重さがなくなる。


「えっ・・・」


【新二】の視線の先には幾つもの破片となって落ちていく【千時】の姿。そしてその向こうにはつまらなそうな顔をする金髪の少年がいた。


【行こう、任務が待ってる】


金髪の少年が一言呟くように言うと、さっきまで威勢の良かった少年、少女達が怯えた表情で金髪の少年に続く。


「ちょっと待て!!お前・・・」


【新二】の視界が揺らぎ、意識が遠退く。そして意識が途絶える最後に見た物は【千時】の欠片を容赦なく踏んで行く金髪とその一団だった。


「【千時】!!」


【新二】が気が付くと日はすっかり暮れており、様々な人に踏まれて粉々になった【千時】の残骸が砂利道にあった。


「【千時】・・・」


【新二】は粉々になった【千時】の欠片を手で拾い集め、呆気なく【千時】を破壊された自分と破壊した金髪に怒りを。粉々になった【千時】に悲しみの涙を流し、地面に染みを作る。

 【千時】の欠片は【新二】が涙を流し始めると【新二】が起きるまで消えるのを我慢していたかのように淡い紫の光となって霧散し、【新二】は己の弱さを改めて悔いた。


【どんなの状況でも、事を諦めるな。死線をくぐればくぐる程お前は強くなれる】


朝日が【新二】の背中を照らす中、【新二】は【ブラウン】教官の言葉を思い出していた。


「今に見ていろあの金髪、絶対にぶっ潰してやる!!」


【新二】は【ファイゼ】までの道中一睡もせずに突き進む事に決め、次の再会までに金髪を越える事を消えた【千時】に誓ったのだった。

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