第49話 魔手

【黒鉄帝国帝都ハイドラ】、その中心には天を付くように聳え立つ黒い大理石のような石で建造された【黒櫻こくおう城】があり、城を守護するように六つの個性ある【兵士団】の【本部】が建設されている。


【黒鉄帝国第五兵士団本部】ジュラの塔


ピサの斜塔を思わせるような白い円錐形の建物であり、高さは【黒櫻城】に次いで二番目に高く。直径500メートルにもなる建物の内部には中心から最上階までの大きな吹き抜けがあり、最上階までの各フロアでは【第五兵士団】の兵士達が各自仕事に励んでいた。


トントントン!!


【入れ】


【失礼します】


【ジュラの塔】最上階、この建物の最高責任者であり、帝国を支える六人の団長の一人。

 【チェイン・リザード】団長の元へ【シリウス】は事の報告をしにやって来た。


【報告を聞こう】


「ハッ!!、予定通りの予算内で無事、演習の許可を得ました!!、一週間後には【ファイゼ】村へ移転する予定です!!」


「そうか・・・不本意ではあったが、金に物を言わせる憎まれ役を引き受けてもらい感謝する」


「いえいえ、この程度の憎まれ役など無いも同然です。それにの【魔手】の実力がこちらの想像を越えていた為に必要だった事。今は彼の退を間明わせる事が出来れば幸いと言った所でしょう」


「そうだな、は次世代の【剣】となる男。機嫌を損ね、失うのは【第五兵士団】史上最大の汚点となり得よう」


【第五兵士団】演習地【ラマサダ渓谷】、高さ200メートルはある崖に挟まれており、所々に背丈の低い樹木が這うように生い茂っている。

 空気は崖から無数に流れ落ちる小さな滝の影響でひんやりしており。早朝には一メートル先も見えない程の濃霧に覆われる場所でもある。

 

「なぁ聞いたか?」


「何をだよ」


「例の【魔手】の話さ」


【ラマサダ】渓谷【第五兵士団宿舎】にて兵士の男達が噂話をしている。


「ああ聞いた、ブッチギリの歴代最速だったらしいな」


「ああ、俺達が一週間かけて渓谷を探し。ようやく一匹仕留めた【ヘラオウシカ】を開始10秒で仕留め、旗取り合戦では対戦相手を開始1分で全滅させたらしい」


「それだけ出来るのにまだ【訓練兵】ってのがまた怖えなぁー」


「全くその通りだ」


【ラマサダ】渓谷の切り立った崖の先端に、緑色の髪の少年が座って宙に足を投げ出し、ぶらぶらさせて遊んでいた。


【ふふんふんふん♪】


「【ワイド】君、次々の演習地は【ファイゼ】村に決まったそうだよ!!」


【ワイド】の後ろに、袖に緑色の刺繍が施された黒と赤の軍服を来た栗色の髪の少女が現れ声を掛ける。


「ありがとう【レモネーゼ】」


【ワイド】は崖の縁から上がり、宿舎へ向けて歩きだす。


「今度の演習は退屈しないといいね」


【レモネーゼ】は【ワイド】の言葉に少し呆れた表情をすると先を歩く【ワイド】の後ろに小走りで近づき、【ワイド】の尻を軽く蹴った。


翌朝、【新二】は単独で北西の森に【シーアント】の調査をしに来ていた。


「全く・・・見ているこっちも虫酸が走るぜ・・・」


巨木の上に立つ【新二】の視線の先、二百メートルには赤黒い巨大な塊があり、無数の【カチカチカチカチ】という耳障りな音を出している。


「出来れば村に近付いて来る前に殲滅したい所だけど。下手にちょっかい出して食われる訳には行かないからなぁ・・・でも情報は欲しい」


【新二】は村から持ってきたサッカーボール程の油が入った瓶を取り出し、蓋に巻き付けてあるロープを緩める。雑紙に火打石で火種を付け、火を大きくしてから油の染み込んだロープに引火させると。赤黒い塊の50メートル先まで近付き。魔力で腕力を強化して瓶を投げ込んだ。


【【【【ガチガチガチガチ!!】】】】


赤黒い塊に落下した瓶は炎の柱を上げて真っ赤に燃え上がる。【シーアント】は歯をガチガチ鳴らし炎を中心として円形に逃れるように逃げる、しかし炎の勢いが弱まって来ると赤黒い塊は炎に巻き付くように集まり、その身を呈して炎を消化したのだった。


「(大きな火は効果あるが、半端な火では逆に誘き寄せそうな動きだな)」


炎が完全に鎮火し、赤黒い塊が落ち着くと一斉に【新二】に向かって波打ち、一匹一匹の【シーアント】が全員【新二】に向かって顔を向けたのだ。


【(バレたな)】


【新二】は巨木から飛び降り、地面に着地、衝撃を転がっていなし、身体強化をした足で地面を蹴り砕き、獣道を全速力で駆け抜ける。


【【【【ガチガチガチガチ!!】】】】


赤黒い塊が【新二】の背後に向かって濁流のように押し寄せる。

 【新二】は逃げながら【千時】の斬擊を幾つも赤黒い波に向けて放つが、波に切れ込みが一瞬入るだけ、直ぐに元に戻り。まるで液体を切っているような感覚を感じる。

 赤黒い波は斜面を駆け降りる雪崩のように地面を次々飲み込み、その濁流は確実に【新二】の背中に近付いて行った。


「思ってたより早いな・・・だけど後少しで川に付く!!」


【新二】はもし【シーアント】が追って来た場合に振り切る為、下見しておいた横幅15メートルはある川にたどり着くと。走る勢いをそのままに、川の縁にある大岩を掛け上がり、跳躍する。

 【新二】が大岩から川の上空を通過する中、赤黒い波も大岩を登り、【新二】の後を追って壁のように反り立つ波が立ち上がる。


【川に落ちやがれ!!】


【新二】は川の上空でもまだ追ってくる赤黒い波に向かって【千時】を振い、緑の風で川の中へ落ちるように仕向けながら、その反動を利用して飛距離を稼ぎ、川岸の岩石の上を受け身を取りながら転がる。


「(頼むからこっちに来るなよ・・・来たら色々覚悟を決めないといけなくなる・・・)」


赤黒い波の前部分が川を渡れずに落ち、下流へ塊が溶けながら流されていく。


【【【【ガチガチガチガチ!!】】】】


赤黒い波は一度川岸から森へ離れると、勢いを付けて先程の倍はある高さまで波を立ち上げる。

 【新二】は深緑の斬撃で上端を切り取り、緑の風で川へ押し落とす。


【【【【ガチガチガチガチ!!】】】】


赤黒い波はまた森の方へ一度引き下がり。今度は複数に枝分かれして川の上空を通過しようとする。


【素直に諦めやがれ!!】


【新二】は複数に枝分かれした赤黒い波を深緑の斬擊で一刀両断し、緑の風で川の中に押し落とす。

 それからも赤黒い波は川越えを目指し、一点突破、広範囲、乱れ撃ち、曲射など様々な工夫をしながら【新二】がいる川岸を目指すが、飛ぶ斬擊と突風を使う【新二】には相性が悪く、ことごとく川の中へ落とされ、急速に数を減らして行った。

 やがて奥の見えなかった塊の端が見え始めた頃。


【カチッ・・・カチッ・・・カチッ・・・】


単一のゆっくりとした音が森に響き渡り、赤黒い波が縦に割れた。中から体長10メールは優に越える巨大な女王蟻の顔が現れ、銀色の大きな複眼を【新二】に向ける。

 その顔は蟻なので当然人と同じように感情が分かる訳出はない。だが、【新二】はその顔に得体の知れない悲しみを感じると。赤黒い波が再び女王蟻の顔を覆い隠し、赤黒い波は森の中へ引いて行った。

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