第4話 非日常でしか得られないもの

訓練7日目


早朝グラウンド、最初数百人いた訓練兵も今は1クラス分30人程度しか残っていない。全員の表情は暗く、身体は傷だらけでボロボロ。もう他人を気遣うような余裕は誰も無く、無言で鬼の登場を待つ。


「今日の訓練は断食。今から10日間川岸の岩の上で座禅を組、瞑想してもらう。途中で辞めることは許さず水すら飲む事を禁止する。だが、何時以上に命の危険があるため今ここで脱落したい者は言うが良い。そして今回は訓練が少し特殊な為、脱落しても今後訓練兵として志願できる権利は剥奪しないものとする」


何時問答無用で拳骨を食らわせる鬼の【ブラウン】教官が人が変わったかのように優しく言い。涙を流しながら次々脱落を宣言していく。


ここで脱落を宣言すれば孤児院に行けて楽になれる


【新二】の乾ききった心に神の恵みのような言葉が染み渡り、涙が溢れる。


この7日頑張ったじゃないか・・・無理矢理【訓練兵】として訓練させられ。日焼けと怪我で肌はボロボロ。身体中の筋肉は悲鳴すら上げないほど傷ついてる。腹回りに少しあった脂肪は跡形もなく窶れ込み。あばら骨が浮き出始めてる。もう楽になっていいんじゃないか?


様々な思いが【新二】の中を巡り、憔悴した身体は色々な異常を脳に伝える。だが疲れきった【新二】脳は正常な判断がきず誤った結論を出してしまった。


【死ねば楽になるじゃないか・・・】


それは悪魔の囁きのようなものだった。この10日の断食で死にこの【ブラウン】教官を呪って殺してやる。


その思考が選択として脳に現れた時、【新二】の瞳に鋭い眼光が宿った。


「今残っている鼻垂れは訓練を受ける覚悟があると認識していいんだな?」


【ブラウン】教官はのこった訓練兵10人に視線を合わせ頭の先から足の先まで一人一人丁寧に見定める。


「全員合格だ!!」


【ブラウン】教官の言葉に【新二】達は戸惑いの表情を見せる。


「今此処にいる全員は目的は違えど心と身体は極限の状態に近しい。これから10日間に及ぶ断食を行えば間違いなく死ぬだろう・・・。だが!!」


【クラウン】教官が地面を踏みつけると放射状にグラウンドが割れ、地面が盛り上がり、陥没し、風が吹き荒れる。


「それを乗り越えた者には常人では生涯得られる事の無い力が宿るだろう。では行くぞ!!」


川岸に移動した【新二】達はそれぞれ岩の上に座禅を組、瞑想に入る。今から10日後生き残っていれば力が宿るその言葉を聞いて【新二】の心は【ブラウン】教官を呪い殺す事から、力でボコボコにし、恨みを晴らす方向に考えを改め。欲望の眼差しを閉じて瞑想する。


断食初日


【新二】の頭は【ブラウン】教官に対する復讐で埋め尽くされ、気がつけば終わっていた。


断食2日目


喉の乾きが限界を迎える。頬を伝う汗が偶然口に流れるのを待ちながら、水を飲みたい思いで思考が埋め尽くされる。


断食3日目


喉の乾き、空腹の限界。意識はすでに朧気で体勢を持ちこたえるだけで精一杯であり、苦しみから解放される死を望むようになった。


断食4日目


【新二】は岩の上にうつ向く自分を見下ろしていた。喉の乾き、空腹感は無く。不思議と何か心地の良い気分に思わず笑顔になった。


とうとう死ねたのだな。


岩の回りを見渡すと10人いた訓練兵も【新二】を含めて5人となっていた。この4日で死んだのか、脱落したのかは分からない。【新二】を除く4人も生気は無く、何時死んでもおかしくない状態だった。

 何気なく【新二】は他の4人を見ていると一人の訓練兵の少年が倒れ。【ブラウン】教官が慌てて駆け寄る。そして少年の口に小瓶の液体を流し込み、少年はむせて意識を取り戻し。何か小声で話す少年は【ブラウン】教官に力無く頷くと、涙を流しながら重い足取りでその場を去っていった。


「残り4人か・・・今年も現れないかもしれんな・・・」


【ブラウン】教官がボソッと呟き岩の上にいる4人を見つめる。その姿は訓練兵に見せていた鬼のような姿ではなく、孫を見守る優しお爺さんのようだった。


断食5日目


さらに一人の脱落者をだし、【新二】含めて生き残りは3人となった。

 【新二】は自身の座る岩の回りをぐるぐる飛び回り、他の窶れた2人を見て心苦しくなったりしながらも、力について考えていた。

 【ブラウン】教官が見せた常人ではない暴力の一撃。あれがどの様にして起きたのか。既に半分死んでいる【新二】は目の前にあの一撃を。【ブラウン】教官が使った時の映像が何度も流れ、熟考する。


「(まず純粋な筋肉な訳はないよな。【常人では生涯得られる事の無い力】って言ってたし。

 だとしたら何だ?。ここがファンタジーの世界なら魔法?、仙力?、気?、だとしたらどうやって手に入れる?)」

 

【新二】は座禅を組続ける本体の回りをぐるぐる回り何かヒントが無いか探す。


(そもそも俺は魔法や気が分からない純粋日本人やって!!)


空中で地面に石を投げるような素振りをし、【新二】は苛立ちをまぎらわせる。


「(まぁ、今は幽体離脱しているような半生半死のような状態。流石にいつまでもこんな状況が続く訳がない。なら可能性があること片っ端から試すしかないな)」


【新二】はこの日、己の体内に意識を巡らせ、何か力の痕跡らしき物が無いかを確認する日に決めた。


断食6日目


(駄目だ、全く分からない・・・やっぱり物が何か分からない物を探すのは無茶だったかな?)


早朝、朝霧が立ち込める川岸で岩の上に相変わらず座禅を組む自身を見つめ【新二】は己の中に眠る力の捜索を諦めた。


(今日は外の力を探して見よう、ファンタジーあるあるなら大気とかに含まれている魔素なんかを感じるんだっけ?)


断食7日目


(そもそも魔素ってなんだよ!!大気にあるとか体内あるとかわかんねぇーよ!!)


体内の力同様、魔素自体がなにか分からない【新二】には【ブラウン】教官のいう力が何かまったく分からなくなっていた。

 そしてこの日、さらに1人が脱落し。残りは【新二】と茶髪の少年だけとなった。


しかしあいつスゲェな。俺はもう感覚無いから平気だけど、今日まで水一滴すら飲まないでいるんだぜ?。俺が体得できずに死んでもあいつなら・・・


【新二】が茶髪の少年に希望を託そうとしたとき、茶髪の少年は倒れ、直ぐに【ブラウン】教官が駆けつける。するとお馴染みなった小瓶の液体を飲ませ、涙ながらに少年は脱落した。


(なんかフラグたてちゃったかな?)

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