第71話 【心器】は砕ける

翌日、訓練場にきた【新二】を待っていたのは長身でモデル体型の美しい女性だった。


「待っていたわ【マエダ】君」


「もしかして【ラオス】さん?!」


「そうよ、【オズ】にならってうちも人化してみたの。言っとくけどうちはそこら辺のオスドラゴンなんかよりよっぽど強いし、ブレスも【オズ】程じゃないけど熱いわよ!!」


「【マエダ】殿、【ラオス】殿の言う通り【ラオス】殿は国でも上位に入る程の実力者。過去その美貌に寄ってきたオスドラゴンに対し、「うちより強いオスなら生涯に渡り従います」と宣言し、全員を容赦なく叩きのめした上で、オスドラゴンとしての誇りを跡形もなく打ち砕いたと言う伝説の持ち主だ、気を引き締めていけ」


「ほうほう、そう言えばそんな事もありましたねぇ。もう五百年は前の事かしら?。そう言えばあの時、【オズ】はうちに言い寄って来なかった数少ないオスでしたね」


「いくら美しくても誰がこんな暴力女を好きになるか!!。ドラゴンは力が全てとは言うが【ラオス】殿の力はその常識すら覆す程の暴力だ!!」


「随分酷い事言うじゃない、【オズ】が子ドラゴンだった時は【ラオス】ねぇ~って喜んで近付いてきたのに」


「ふん!!昔の話だ。そなたの素性を知れば百年の恋も冷めると言うもの」


「百年もうちに恋してたのかしらね、可愛い可愛い【オズ】ちゃんは」


「勝手に言ってろ!!」


【オズ】はもう【ラオス】とこれ以上話さないと決めつけ黙り込む。


【ラオス】は軽い感じで飄々としていたが、流石に今のやり取りの中でも集中力を高めている【新二】を前に、【ラオス】も真剣な表情になる。


「では只今より【ラオス】殿と【マエダ】殿の稽古を始めるそれでは開始!!」


【オズ】の腕が振り下ろされ、【ラオス】と【新二】との稽古が始まった。


【ハァアアアア!!】


【新二】は【千時】に黒い風を纏わせ、【ラオス】目掛けて振り下ろす。

 訓練場を巨大な黒い斬撃が横断し、島の外の海まで切り裂く。


ガジジジジ!!


【千時】は【ラオス】の身体に薄く切れ込みを入れるだけで止まっており。刃先から嫌な音が聞こえてくる。


「うちの身体に傷を入れるなんて【マエダ】君なかなかやるじゃない」


「【ラオス】さん硬過ぎでしょ、今の一撃は俺の全力だったんだけどな」


【新二】は【ラオス】の身体から【千時】を引き抜き、後ろに下がって仕切り直すと。【ラオス】は【千時】が軽く刺さっていた傷を滑らかな手つきで触る。


「うちを切るにはまだ足りないけど、うちに退屈させない程の威力はあるようね。では少し【マエダ】君の防御力も見させて貰いますか!!」


【ラオス】は一瞬で【新二】との間合いを詰め、【千時】と【ラオス】の拳が衝突する。

 【千時】が纏っていた黒い風が【ラオス】の拳により打ち砕かれ、余波で訓練場の地面を深く削り飛ばし、何重もの波紋状に広がる彫刻が地面に刻まれた。


「あら、やっぱりうちの拳を止めてくれた。少し惚れちゃうわ」


「こっちは冗談言ってる余裕はねぇよ!!」


【新二】は黒い竜巻で【ラオス】を無理矢理下がらせ、【千時】の様子を確認する。


「たったの一撃で黒い風を纏った【千時】が刃こぼれさせられた。近距離戦じゃ戦いにすらならないな」


【新二】は【千時】を霧散させ、【正炎】を具現化させる。


「卑怯とは思うなよ、稽古とは言え全力じゃはいと俺は死にかねないんでね」


【ラオス】と【新二】は再びぶつかりあい、【正炎】の蒼い炎が【ラオス】を焼く。


【あっついじゃないの!!】


【ラオス】は直ぐに【正炎】の炎から逃れ、自身の焦げた腕を見て目付きを鋭くさせる。


「ねぇちょっと【マエダ】君の炎、人間しては熱過ぎない?。まるで【オズ】の炎のようで卑怯よ!!」


「我にとっては【マエダ】殿の黒い風を素手で突破できる【ラオス】の方が卑怯に思えるがな、一つ言っておくが【マエダ】殿の蒼い炎は我の炎に対抗できるだけの力がある」


「それってほとんど【オズ】の炎じゃない!!。うちは腕力はあるけど炎はそこまで得意じゃないの!!今後は蒼い炎禁止!!」


まるでただをこねる子供のように怒る【ラオス】の主張に【新二】は【オズ】の顔を見るが、長年付き合いのある【オズ】でも駄々っ子になった【ラオス】の意見を直す事は難しく。結局刃こぼれした【千時】により稽古は再開され、再開直後の一撃で予想してたとおり【千時】は見事に砕け落ち、【新二】の意識は暗転した。


「調子に乗ってすみませんでした・・・」


翌日目が覚めて【ラオス】が言った一言はそれだった。


「別に謝る事はないよ、【千時】を砕かれたのは俺が未熟なのもあるし・・・」


【新二】はベッドの上で再び【千時】を具現化させると、傷など一切見当たらない【千時】が現れる。


「【千時】も無事に治ってるし、その事は別に大丈夫だよ」


【新二】のその言葉を聞いて【ラオス】はいつの間にか【新二】の隣に座っている【シュー】ちゃんの方を見る。

 しかし【シュー】ちゃんはまだ【ラオス】の事を許していないらしく、鼻を鳴らし。まるで花瓶を割った子供を叱るお母さんのようにも見える。


「とにかく【マエダ】殿が無事でよかったな【ラオス】。もし何か障害が残ればそなたも無事ではすまなかっただろう」


【ラオス】はなにかを誤魔化すような乾いた笑いをしており、【新二】は手元の【千時】をくるくる回して手遊びする。


「【心器】は心の武器。使用者と共に成長し、一心同体の友でもある」


突然語るように話しだした。【新二】に【ラオス】【オズ】【シュー】ちゃんは注目する。


「知ってるかも知れないけど俺の武器、【千時】は【心器】だ。例え砕かれても俺が生きているなら元通りに再生する。だが先程言ったように【心器】は使用者と一心同体で繋がっており、【心器】が損傷すれは俺にもダメージが来る」


【新二】は外見的には無傷のように見えるが、魔力関連の操作網にダメージを受けており、【千時】は具現化できたものの、しばらくは【身体強化】や【魔力感知】といった物が手足の痺れのような感覚で使えなくなっている事に気が付いた。


「別に【ラオス】さんを責めている訳じゃない」


もう既に威嚇し始めている【シュー】ちゃんの頭を軽く撫でて落ち着かせる。


「これは今まで考えてもいなかった事だけど、【千時】を砕かれる事を含めて稽古したいんだ」


【新二】のその無謀とも言える発言を聞いて【ラオス】【オズ】【シュー】ちゃんは一瞬何を言ったのか理解出来なかった。

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