第52話 剣を目指す者

それは巨大な猛禽類に睨まれたような圧力だった。

 全員が動きを止め、背筋を凍らせて冷や汗を額に浮かべる中。緑色の髪の少年と向かい合う栗色の髪の少女だけがビーフシチューを食べ続ける。

 やがて完食した二人は厨房から出ていこうとしていた【タブラス】に笑顔で「美味しかった」「ご馳走さま」と言うと緑色の髪の少年が改めて【ジルコニア】を睨み付ける。


「【ジルコニア】君が何を食べ、なんと言おうが勝手だけど。僕が美味しいと思っているものを不味いと言って不評する事は僕に喧嘩を売っているのかな?。まぁ僕としてはそっちがその気なら暇潰しとして【ジルコニア】と戦うのもアリとおもってるけどね」


緑色の髪の少年が食堂を出ていき、栗色の髪の少女も後を追って出ていった。

 少年が出ていった事によって圧力から解放された【訓練兵】は無言でビーフシチューを食べ。【ジルコニア】は机を強く叩き、コップの水が波立つ。


「あの【シリウス】様、先程の人は一体?」


【ロモッコ】は先程凄まじい圧力をかけて来た少年について【シリウス】に質問する。


「ああ、彼が【ワイド】。【訓練兵】にして【魔手】の2つ名を与えられた【第五兵士団】の次期【つるぎ】候補だ」


「チッ」


【ジルコニア】が【シリウス】の言葉に舌打ちをし、【ロモッコ】【ケインズ】【ダブラス】【イオン】は驚愕のあまり口をポカーンと開けた。


「一体この森で何が起こって要るんだ?」


【新二】も本来は【シリウス】達【訓練兵】を出迎える予定だったのだが、早朝に急遽森の中に点在していた魔物達の動きが活発になり。その原因を探るべく森の調査をしていたのだった。


「(何かが暴れたような形跡は無い。【魔力感知】を使っても反応は無い。余りにも無さすぎて逆に不自然なくらいだ)」


【新二】は日が沈むまで丸1日、東の森、北の森北西の森の手前、念のため西の草原まで足を踏み入れたが今日は魔物どころか獣、巨大昆虫の一匹すら発見、及び感知出来なかったのである。


「明日から演習だってのに魔物の一匹所か獣すらいないなんてどう説明すればいいんだよ」


【新二】は深いため息を付き、重い足取りのまま【ファイゼ】村に向けて歩き出す。


翌朝。


「はじめまして、は【ファイゼ】村所属の【】三等兵士です。以後よろしくお願いいたします」


【新二】は村の発展に伴い、様々な人達に名を名乗る中、あることに気が付いた。それは大半の村人だけでなく町民にも名字が無いと言うことだ。この世界で名字を持つ者は貴族か、それなりに大きな商会、または活躍した兵士くらいしかなく。名乗る度にいちいち貴族でないと訂正するのと、下の【新二】呼びされるのが何となく嫌だった為に【新二】は名乗る時に【マエダ】と呼ばせる事にしたのだった。


「改めまして今日から一月程よろしくお願いいたします【マエダ】三等兵士」


【新二】と【シリウス】が握手を交わし、早速【新二】が演習予定の東の森へ案内しようとすると緑色の髪の少年が声を掛けてきた。


「そっちには何もいないですよね」


「え?」


「【マエダ】君それはどうい事だね?」


「えっ?あっ?!」


【新二】は突然痛い所を付かれて動揺する。それは東の森の入り口にすらたどり着いていない状況で何故分かったのかと、緑色の髪の少年の言葉を疑わない【シリウス】が彼の発言の正しさを裏付けたからだ。


「ゴホッゴホッ・・・」


【新二】はわざとらしく咳払いをして呼吸を整える。


「これは現地についてから説明しようとしていたのですが、実は昨日から魔物、獣所か虫一匹まで姿も魔力も感知出来なくなってるんです」


「それは過去にもあった事なのか?」


【シリウス】が【新二】に質問する。


「いいえ、今回が初めての事で未だに原因が分かって無いー」


【【【【やったぁあああ!!】】】】


突然【訓練兵】達が喜びだし、はしゃぎ始める。


「つまり俺達がその原因を突き止めたら【特進生】で卒業出来るかもしれないんですよね!!」


「【特進生】?!」


【訓練兵】の一言に【新二】は思わず聞き返す。


「【兵士団】所属の【訓練兵】は通常の【訓練兵】とは違い、卒業すれば【三等兵士】からのスタートなる。しかし【演習】で優れた功績を納めた者には【特進生】としてそれ以上の階級からスタートする事が認められている。現に【ジルコニア】は素行は悪いが、優れた風使いであり。【五等兵士】になることが確定している」


「へぇー」


【新二】は【シリウス】の言葉に頷いているとヤンチャそうな茶髪の少年が何かを仲間に話し、互いに相槌を打っている。


「【シリウス】教官」


「なんだ【ジルコニア】」


「俺の記憶が正しければ過去に生物の大量消失あった事件の後には【スタンビート】や【変異種】などの強力な個体が出現するケースがあったと思います」


「否定はしない」


「そして【スタンビート】や【変異種】は規模にもよりますが、防いだ兵士達はその功績により【最低】でも1階級の昇級。中心格として活躍した者には3階級の昇級もあったと記憶していますが間違いないですか?」


「ああ、帝国史上過去最大規模の【スタンビート】であった【ラルズの奇跡】では数多くの町村の兵士達が一団となって魔物と戦い、さらにある一人の兵士が10日に渡って砦を守った事で死者が出なかったと言う。彼はその功績を称えられ、3階級の昇級と【番人】という【二つ名】が与えられたと聞く」


「なら、俺達がその【スタンビート】や【変異種】を食い止めたら、その中心格である俺を次期【剣】候補として推薦してくれますよね?」


【ジルコニア】は不敵な笑みを浮かべながら自信たっぷりの声で【シリウス】に言う。


「良いだろう、もし【ジルコニア】。お前が自身と仲間の力だけで今回の消失事件を解き明かし、原因を対処出来たのなら私の権限でお前を次期【剣】候補に推薦しよう」


「【シリウス】教官、二言はないですよね?」


「二言はない、正しお前が自身と仲間の力を見誤り。仲間や村人を危機に晒すのであればお前の【特進生】としての階級を2階級分減級とする。それでもやるか?」


「勿論、俺は【剣】になる定めの男なので」


【ジルコニア】は後ろの仲間達に手を振り号令をかけ、東の森へ足を踏み入れて行った。


「行っちゃいましたけど本当に良かったんですか【シリウス】さん?」


「ああ、問題ない。先程も言ったが【ジルコニア】は素行は悪いが優秀な【訓練兵】であり仲間思いの奴だ。無茶はそうはしないだろう。それに監視役としてあの方が来てくださる、問題を起こそうものなら彼らの【訓練兵】としての生活はこの演習までだ」


10人いた【訓練兵】は8人が【ジルコニア】についていき、残ったのは緑色の髪の少年と栗色の髪の少女だった。

 【新二】はてっきり全員が彼の後に付いていくものだと思っていたため、その疑問を大弓を背負った緑色の髪の少年に聞いてみる。


「君達は彼について行かなくてよかったの?」

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