第68話 失った右腕

「と言う訳でそなたはしばらく我々の村で過ごして貰う事になった」


「はぁ・・・」


あの後【新二】は城の医務室に運び込まれ、ドラゴンサイズのバカデカイ絹制で出来た寝床に寝かされていた。

 やがて目が覚めると何故か頬に殴られたような腫れのある赤と黄色の護衛ドラゴンに謝罪され、【オズ】から念入りにであると紹介された【シュー】ちゃんを助けたお礼と、【オズ】が右腕を奪ったお詫び、さらに護衛のドラゴンが威圧したお詫びをするためにおもてなしさせて下さいと言う、極めてややこしい、なにソレ状態になったのである。


【キューキュー!!】


なんか良くは分からないが【シュー】ちゃんは【新二】を気に入り、【オズ】が話している間も【新二】の背中にすりより。

 護衛のドラゴン達がその光景を見て嫉妬にも近い視線を【新二】に向けると【シュー】ちゃんが逆に睨み付け、護衛のドラゴンはまるで大事な妹に嫌われたように涙を流しているのである。


「まぁ、無くなった腕は元には戻らない。それより此処にいる間【オズ】さんに稽古をつけて貰っていいか?」


「我は構わぬがそれは何故だ?」


「結論を言えは俺が弱いから右腕を灰にされた訳だ、ならもっと強くなりたいと思うのは必然的だろ?」


「そなたは強いな、ドラゴンでも片腕を無くした者が更に強くなろうとする事は余り聞かない」


「じゃあさっそく始めよう、場所を案内してくれ」


【新二】と【オズ】、それから何故か付いてきた【シュー】ちゃんは集落を出て山を下り。【オズ】以外のドラゴンもブレスや尻尾による凪ぎ払い、爪による斬擊を訓練する【ベイル】町が何十個も余裕で入る荒れ地に【新二】を案内した。


「ここは我ら陛下の護衛も訓練できる島で唯一無二の訓練場だ」


「以外と訓練出来る場所って少ないんだな」


「そうは言うな、ドラゴンともなれば一撃一撃が地形を変えかねん。至る所でやればたちまち周囲は不毛の地へと変わろう」


「それは悪かった」


次の瞬間【オズ】の身体が光で包まれ、屈強な一人のワイルドな男性に変わる。


「こんなものか」


【オズ】は拳を握ったり広げたりして確かめる。


「【オズ】さんその姿は?!」


「ああ、我の巨体では【マエダ】殿は小さ過ぎるし、【マエダ】殿から見れば的がデカイからな、より更なる強さを求める稽古なら互いに体格の方が良いはずと我が考えたからだ」


【オズ】は同じ訓練状にいた灰色のドラゴンを呼ぶと人化した自身に攻撃を加えるように伝え、灰色のドラゴンは恐る恐る【オズ】に尻尾による凪ぎ払いをする。

 しかし【オズ】は灰色のドラゴンの尻尾を片手で止めると、そのまま鷲掴みにして空高く投げ上げた。


【ギャウウウ!?】


「見ての通り人化しても元のドラゴンの腕力や防御力が減る事は無い、安心して攻撃してくるがよい」


ドドドドン!!

ザザザザザァ!!


爆発と地面を切り裂く黒い斬擊。【オズ】と【新二】の稽古はまるで地形を破壊していく小さな戦争のようなものだった。


【ハァアアアア!!】


【千時】の黒い斬擊が幾つも【オズ】目掛けて放たれるが、人化によって機動力が桁違いに上がった【オズ】を捕らえる事は出来ない。


【ふんぬっ!!】


【グッハッ・・・】


【オズ】の腕力は凄まじく、黒い風を纏わない【千時】は一撃で砕かれる程の一撃を溜め動作無しで連発してくる。

 

【新二】地面を切り裂く様に削りながら転がり、生まれたての子鹿のように身体をふらつかせながら立ち上がる。


「やはり【オズ】さんは強いや・・・まったく歯が立たない・・・」


「それは違うぞ【マエダ】殿、我は手加減などせず、ここ数百年で出会った人間なら即死するような一撃を惜しみなくだしている。だがそれらを受けても【マエダ】殿はまた生きており、立っている。これは紛れもなくそなたが並外れた力を持っている証拠だ」


「へへへ、それは嬉しいね。でもここに来て【オズ】さんを責める訳じゃないけど右腕が惜しい・・・」


【新二】は戦いで【オズ】の真っ直ぐな性格を知り、つい痩せ我慢していた自身の右腕について話す。


「頭では分かって要るんだ!!、勘違いだったとは言え互いに全力を出した結果。俺は生きる為に右腕を失った!!、全部俺が弱いから招いた事だ!!。だけど今こうやって稽古してるともし右腕があればとつい思ってしまうんだ!!、右腕があれば今の攻撃はいなせた、右腕があればもっと強い斬擊を放てた!!。出てくるのは右腕に対する未練ばかりだ!!」


【キューキュー・・・】


いつの間にか【新二】に寄ってきた【シュー】ちゃんが【新二】の右足にすり寄る。


「本音を言えは【マエダ】殿の右腕が無い事で安心している我がいる」


それは、静かにだが。とても重い【オズ】の言葉だった。


「此度の稽古で幾度も思った。我が撃ち込む拳は岩石も容易く砕き、同胞ですら宙を舞う。だがそなたは見事に重心をずらし、どの一撃もそなたの芯を捕らえる事が出来なんだ」


「そりゃ食らえば死ぬって分かってるからだよ」


「そして我は想像する。もし【マエダ】殿に右腕があったならと・・・。もし【マエダ】殿に右腕があれば我の拳はもっと華麗に裁かれ、我は黒い風に切られていたかもしれぬと・・・」


「何じゃソレ!!」


【新二】は急にバカバカしくなって地面をに寝転がる。


「なぁ【オズ】さん。また明日も稽古付き合ってくれよ」


「我は構わぬが?」


「なんか左腕だけでも【オズ】さんを圧倒したくなってきた」


「そなた心底戦いが好きなのだな」


「【オズ】さんそれは違うよ、俺は強くなっていく自分に酔いしれたいただの中二病さ」

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