05日目 『セロハンテープの神』
「神様というのはどのような姿かたちをしていると思いますか?」
むかし通っていた教育機関で、このような課題を出されたことがあった。
「みんなが考える神様の姿を絵に描いて、どうしてそういう姿だと思ったのかを発表してみましょう」
大半の生徒は、白い服を着て髭を生やした長髪の男性の姿を描いた。
理由としては「本で見た」「親がそう言ってた」というものが殆どだった。
中には太陽を描く者や、大樹を描く者もいた。
好きな芸能人やアニメキャラクターを描く者もいた。
形容しがたい抽象的な像を描く者もいた。
セロハンテープを描いたのはわたしだけだった。
わたしが皆の前に立ち、セロハンテープの絵を見せると、何人かの生徒は笑い声を漏らした。
「なにそれ」と呟く声も聞こえた。
「ほらみんな静かに」と指導担当者が言った。
場が完全に静まり返るまで待ってから、わたしは口を開いた。
「もしこの世に神というものが存在するとして、それがこの世界において何らかの役割を担っているとするならば、それは“異なる二つのものをくっつける”という力、その力を行使する存在なのではないかとわたしは考えます。例えば人と人が出会い、それまで無関係だった両者の間に何らかの関係性というものが生じたとき、そこに“奇跡”という言葉が用いられることが度々ありますが、そういった事象の発生にはある種の人知を超えた未知の力が感じられ、そこに神秘というものを見出すことが可能ではないかとわたしは考えました。人と人に限らず、人と物、人と場所などでも構わないのですが、とにかくそういった異なる二つのものをくっつけ合わせ、それによって今までなかった新しい“何か”が生まれるという現象、それを管轄している存在が神であり、であればその姿は“くっつける”という概念を最も端的に象徴できる実在物を当てはめるのが適切だろうと考えました。それが、わたしが神様の姿にセロハンテープを選んだ理由です」
わたしはそのようなことを言って発表を終え、自席に戻った。
その日の帰り際、ひとりの生徒から声をかけられた。
「今日のあれ、すごかったねぇ。みんなはポカーンとしてたけどさ、ぼくはきみの言ってること、すごくよくわかったよ」
今となってはその生徒の顔も名前も全く思い出せない。
性別は男か女のどちらかだったと思うがそれも定かではない。
唯一はっきりと記憶しているのは、その生徒がジミ・ヘンドリックスのTシャツを着ていたということだ。
「ぼくはさぁ、今まで神さまってジミヘンのことだとおもってたんだよね。とにかくすごいんだよジミヘンはさぁ。きいてるといつも体がプカプカ空にうかんでるような気もちになるんだよ。こんなすごい音を出せるなんてきっとジミヘンが神さまだからにちがいないっておもってたんだ。でも今日のきみのあれをきいてさ、おもったんだよ。ジミヘンがすごいのはギターと“くっついてる”からなんだって。ギターとくっついてなかったらジミヘンもふつうのおじさんと同じだよ。っていうことはさ、ジミヘンよりジミヘンとギターをくっつけたセロハンテープの神さまのほうがもっとさらにすごいんじゃないかなって、そうおもったんだ。きみの言いたかったことってそういうことだよね。でしょ?」
わたしは「そうですね」と言った。
◆◇◆
「もしもし?」
目の前に座っている女性が言った。
「どうされました?」
「ああ、失礼」
わたしは言った。
「ちょっと昔のことを不意に思い出していただけです。何でもありません」
「そうですか……じゃあ説明続けますね」
女性はそう言って、テーブルの上に広げられたパンフレットのページを捲った。
「で、ですね。
そのー、わたしたちの団体っていうのがー、
一応?
宗教団体ってことになってるんですけどー、
あの別に宗教って言ってもー、
全然ですね、
そんな大げさなものとかじゃなくってー、
ほんとにあの、フランクな? 感じでやってるんですけれどもー」
「はい」
「それでー、わたしたちの団体にも、
そのー、なんていうんですか?
神様?
みたいな存在ってのがいましてー、
その神様みたな存在っていうがー、な・ん・とですねー
(ここでパンフレットのページを捲る)
この『セロハンテープ』なんですよー」
「はい」
「あー、わかりますわかります。
なんでセロハンテープなの? って思いますよねー?」
「ええとですね」
「是非っ(ここで顔をぐっと近づける)それについてお話したいんですけどっ、
わたしこの話を聞いたときホント頭が弾けるくらい衝撃だったんですけどねっ、つまりですよ、もしこの世界に神様がいるとしたら、それは“異なる二つのものをくっつける”っていう役割をですね」
わたしは女性の話を真剣に聞いているふりをしながら、パンフレットの中にこの宗教団体の創設者の情報が載っていないかを探った。
ありがたいことに、創設者の名前と写真はしっかり記載されていた。
だが、わたしはあの生徒の顔も名前ももう思い出せなくなっていたので、同一人物かどうかを判断することはできなかった。
少なくとも、写真の人物の服装はジミ・ヘンドリックスのTシャツではなかった。
あの生徒は今でもジミ・ヘンドリックスのTシャツを着ているのだろうかとわたしは思った。
恐らくはもう、着ていないのだろう。
あの時あの瞬間、彼(か彼女)の中でジミ・ヘンドリックスは神の座から降ろされてしまったのだから。
「……っていうことなんですよー。凄くないですか? わたしこの話聞いたとき、あああこれが世界の本当の姿なんだって感動して涙が止まらなくなったんですよねー。ちなみになんですけどぉ、神様って本当にいるのかなーとかってこと、考えたこととかってあったりとかしますかぁ?」
「そうですね」
わたしは言った。
「いると思っていますよ」
きっといるのだろう。この世界のどこかに、神という存在は。
そしてそれはセロハンテープの姿をしていて、その神秘的粘着力を行使して目の前の女性とわたしをくっつけ合わせたのだ。
そして今はわたしの尻を喫茶店の座席とくっつけ合わせてわたしをこの場から動けなくしているに違いない。
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