11日目 『解き放たれし灼熱の風』

 

 ある夜。

 わたしが買ったばかりの最新式多機能ドライヤーで風呂上がりの髪を乾かしていると、ドライヤーがわたしに話しかけてきた。


『指摘してもいいかな?』


「はい」

 わたしは言った。

「何でしょうか?」


『君は今、髪に対して下から風を当てているが、そのようなやり方は間違いだ』

「えっ、そうなんですか?」

『そのやり方だと髪のキューティクルが破壊されてしまう。

 風は上からか、あるいは横から当てるのが正しいやり方だ』

「それは知りませんでした」

『それと毛先を乾かすときは、空いている手で髪を引っ張りながら風を当てると毛先が落ち着いた感じに仕上がる』

「ええと、こんな感じですか?」

『そう、その調子だ。

 それから、最後は仕上げとして冷風を掛けることで髪の表面を引き締めてツヤを出すことができる』

「すごい物知りですね」

『何しろ最新式多機能ドライヤーだからね』

「やっぱり最新式は違いますね」



                 ◆◇◆



 それから数日後。

 わたしが最新式多機能ドライヤーで風呂上がりの髪を乾かしていると、ドライヤーがわたしに話しかけてきた。


『髪の具合が、以前よりだいぶ良くなってきたんじゃないかな?』


「そうですね」

 わたしは言った。

「言われたとおり乾かし方を変えてみたら結構良くなりましたね」


『それは何よりだ』

 ドライヤーは言った。

『ところで一つ質問なんだが』


「何でしょうか?」

『君の使っているシャンプーは硫酸系かな? それともアミノ酸系?』

「そんな区分あるんですか?」

『成分表示にラウリル硫酸Na、ラウレス硫酸Na、ラウリル硫酸TEAなどが記されているものが硫酸系。ココイルグルタミン酸TEA、ラウロイルグルタミン酸Na、ラウロイルグルタミン酸TEAなどが記されているものがアミノ酸系だ』

「そういうの気にしてシャンプー買ってなかったのでよくわからないですね」

『では今すぐ確認してくれ』


「えっ」わたしは言った。「今ですか?」


『そうだ。今すぐ確認するんだ』


 わたしは髪を乾かすのを中断して、浴室に行き、シャンプーの成分を表示をあらためた。


「確認しましたけど、今使ってるのは硫酸系っぽいですね」

『硫酸系は洗浄力が高いのが利点だが刺激が強く、頭皮や毛髪を傷める場合がある。君の体質なら硫酸系よりも刺激を抑えたアミノ酸系のシャンプーを使ったほうが髪に良い』

「そうですか。じゃあ次にシャンプーを買うときはそうしてみます」


『いや』ドライヤーは言った。『今すぐ変えるんだ』


「えっ、今すぐですか?」

『そうだ。明日からアミノ酸系シャンプーを使うんだ』

「でも今のシャンプー、まだ3分の1くらい残ってるんですが」

『明日からだ』ドライヤーは言った。『いいね?』



                 ◆◇◆



 その翌日。

 わたしが最新式多機能ドライヤーで風呂上がりの髪を乾かしていると、ドライヤーがわたしに話しかけてきた。


『言いつけ通り、ちゃんとシャンプーは変えたかな?』

「ええ」わたしは言った。「薬局で買ってきたアミノ酸系のやつを使ってみましたよ」

『素晴らしい』ドライヤーは言った。『これで君の髪はもっと美しくなるよ』

「はあ」

『ところで君は、普段からひじきを食べているかな?』

「食べてないですね」

『それは良くないな。ひじきは鉄分とマグネシウムを豊富に含んでいてとても髪に良い食べ物だ。明日から食べるようにしたまえ』

「いやぁ、それはちょっと」


『は?』

 ドライヤーは言った。

『なんだ、逆らうのか?』


「わたし、ひじきがあんまり好きじゃないんですよ」


『好きとか嫌いとかそんなことはいい』

 ドライヤーが言った。

『僕が食べろと言っているんだ』


「いやぁ、でも」


『でもじゃない。いいか、これは君のために言っているんだ。僕が今ままで間違ったことを言ったことがあったか? ないよな? いいか、明日から毎日ひじきを食べるんだ。必ずだ。いいか? 必ずだぞ』




                 ◆◇◆




 その翌日。

 わたしが最新式多機能ドライヤーで風呂上がりの髪を乾かしていると、ドライヤーがわたしに話しかけてきた。


『言いつけ通り、ちゃんとひじきは食べたか?』


「あ」わたしは言った。「忘れてました」


『はぁ?』

 ドライヤーは言った。

『おい、どういうことだ』


「そういやそんなこと言ってましたね」

『お前、俺のこと馬鹿にしてんのか?』

「いえ、そういうわけでは」

『誰のおかげで髪が乾かせてると思ってんだ? いい加減にしろよ』

「でもわたしひじきがあんまり好きじゃないんですよ」

『てめえの意見なんか聞いてねえんだよ。黙って俺の言うことに従ってりゃいいんだよお前は。いいか、これからは全部俺の言うことに従えよ。意見も一切言うな。どうせてめえが自分の頭で考えたってろくなことしねえんだからよ。黙って俺に従え。いいか? 逆らったらたたじゃおかねえからな。わかったか? わかったならさっさと返事をしろ!!』



                 ◆◇◆



 その翌日の昼頃。

 わたしが居間でテレビを見ていると、見慣れないCMが流れた。


『弊社より皆様に大切なお知らせです。

 かねてより弊社で製造しておりました最新式多機能ドライヤーに、

 “人の言葉を喋る”という重大な不具合が発生していることが明らかになりました』


 画面に表示された写真は、わたしが購入したドライヤーと同じものだった。


『なお、調査の結果、不具合が発生した原因は、

 ドライヤーに悪魔が取り憑いたことによるものと判明しております。

 つきましては、該当製品をお持ちの方はただちにドライヤーの語る言葉に

 耳を傾けるのを中断するようお願いするとともに、

 弊社所属の祓魔師エクソシストを無償で派遣いたしますので、

 お手数ですがこちらの番号までご連絡いただけますようお願い申し上げます』




                 ◆◇◆




 電話をして2時間ほどで、その人物はやって来た。

 初老の男性だった。司祭服カソックに身を包み、首からは十字架を提げている。

 派遣された祓魔師エクソシストですと、その人物は言った。


祓魔師エクソシスト業界のことはよく知らないんですが」

 わたしは言った。

「家電メーカーに所属しているのって一般的なんでしょうか?」


「現代の悪魔というのは人間よりも電子機器に取り憑くことが多いんです」

 祓魔師エクソシストは言った。

「高性能な電子機器の発した言葉を、人は疑わない。それを利用すれば容易く人の心に入り込んで支配できる。奴らはそこに目を付けたんです。憑依体は?」


「ドライヤーならそこの脱衣所の鏡の前です」

「わかりました。危険ですので立ち会いは結構。別室でお待ち下さい」


 そう告げて、祓魔師エクソシストは単身、脱衣所に乗り込んでいった。


 わたしは言われたとおり、居間でテレビを見ながら待つことにした。

 しばらくすると、脱衣所から絶叫の声が聞こえた。


『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

「父と子と聖霊の御名において命ずる!!」

『おのれぇえええええ人間どもぉぉぉおおおおお!!』

「神の命に従い!! そのドライヤーを解放せよ!!」



 わたしはテレビのボリュームを三段階上げた。


 そのとき流れていたニュース番組では、『ひじき、各所で品切れ』というトピックを報じていた。





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