78日目 『あなたの思いをそのまま聞かせて』
ある日、わたしの家に電話が掛かってくる。
電話口からは聞き覚えのない声。
電話の主は、以下のようなことをわたしに話す。
曰く、生きているのが辛い。
曰く、人生に希望が持てない。
曰く、もういっそ死んでしまいたい。
それを聞いて、わたしはこのように思う。
――電話番号を間違えて掛けていません?
わたしはそのような相談を請け負う業務には携わっていない。
家の電話番号も、そのような用途のために公表はしていない。
間違い電話であることは明白だ。
しかし、同時にこのようにも思う。
――そう言って突き放してしまっていいものなのかどうか。
電話口の相手は、語る内容から察するに極めて危うい精神状態にあることが推測される。
自らの生命を持続させるか、それとも終了させるかという瀬戸際にある。
わたしが間違い電話であることを指摘して、そこで話を打ち切り、その後に正しい番号に掛けるかどうかの段階で、気持ちが“終了”の側に傾いてしまうことも充分に有り得るだろう。
わたしは悩む。
悩んだ末、最終的にわたしはそのまま電話口の相手の相談相手を請け負うことになる。
相手は様々な事柄をわたしに伝えてくる。
親との関係、学生時代に発生した幾つかの事件、就職と退職、現在の生活状況、など。
わたしは可能な限り言葉を選びながら応対を続ける。
ビルとビルの間に張った綱の上を歩いているような感覚の中で会話は続く。
最終的に、電話口の相手は“持続”の側に気持ちを傾けることに成功し、そこで通話は終わる。
わたしは大きく息を吐き出す。
そこで、再び電話が鳴る。
わたしは再び受話器を手に取る。
電話口からは聞き覚えのない声。
電話の主は、以下のようなことをわたしに話す。
曰く、生きているのが辛い。
曰く、人生に希望が持てない。
曰く、もういっそ死んでしまいたい。
それを聞いて、わたしはこのように思う。
――この電話番号をどこで見たんですか?
このような電話が連続してくるということは、番号を掛け間違えたのではなく、恐らくどこかに、わたしの家の番号が、この手の相談先として記載されているのではないだろうか。
しかし、同時にこのようにも思う。
――そのような話をしている場合だろうか。
わたしは悩む。
悩んだ末、最終的にわたしはそのまま電話口の相手の相談相手を請け負うことになる。
一人目のときと概ね同じような会話が繰り返される。
最終的に、電話口の相手は自らの生命を持続させる方針を固め、話は終了される。
その後も同様の電話が幾度も掛かってくる。
同様の対応を、わたしは幾度も繰り返していく。
その内に段々と、わたしはこういった相談への対応に熟達していく。
相手の求めている言葉が何なのかを、朧気ながら掴み始める。
電話口の相手に対して、わたしは言う。
――あなたは掛け替えのない存在です。
――あなたの代わりになる人はどこにもいません。
相手は満足して電話を切る。
そしてまた次の電話が掛かってくる。
わたしは電話に出る。
誰かの代わりとして。
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