02日目 『出荷』
ノックの音がした。
ドアを開けると、見知らぬ男が立っていた。
頭に野球帽、顔には眼鏡、右手には拳銃を持っていた。
その拳銃をこちらに突きつけながら、
「値段をつけてくれ」
と、男は言った。
「俺に値段をつけてくれ。幾らになる?」
空いたドアの隙間から、空が見えた。いつの間にか濃い雲が広がっていて、今にも雨が降り出しそうだった。わたしは洗濯物を取り込んだほうが良いかということについて考えを巡らせた。
「おい、聞いているのか」
男が言った。
「まあ、立ち話もなんですから」
わたしは男を中へ通した。
居間のソファーに掛けるよう促し、水を張った鉄瓶を火にかけた。
「何か飲みます?」
「俺はそんなことをしにきたんじゃない」
男は言った。
「値段をつけてもらいたいんだ」
わたしは男の対面に座った。なんと応えようか少し考えた後、こう言った。
「詳しい話を聞かせてもらえますか?」
わたしがそう言うと、男は身を乗り出してきた。
「俺は気づいたんだよ。ショッピングモールをぶらついてたときにな。この世のあらゆるものには、値段がついてるってことに。もし値段がついてないものがあったとしたら、それはゴミってことだ。値段がついてるってことはこの世に存在してるってことで。つまりこの世に存在してる価値があるってことなんだ。そう気づいたとき、俺は自分に値段がついてないってことにとにかく耐えられなくなったんだよ」
そのとき、ノックの音がした。
わたしは玄関まで言ってドアを開けた。
見知らぬ男が立っていた。
頭には警官の制帽を被り、警官の制服を着ていて、腰には警棒と拳銃が提げられていた。
「今この付近の見回りをしていまして」
男が言った。
「近頃、この付近で不審者がうろついているという報せが複数寄せられているのですが、そのような人物を見たりなどしたことはありましたか?」
わたしはここ数日の記憶を一通り洗い出してみた。
「いえ、特に見ていないです」
「わかりました。ご協力感謝します」
男(二番目に訪ねてきた方)が立ち去ると、わたしはドアを閉めて居間に戻った。
男(一番目に訪ねてきた方)の右手を見ると、まだ拳銃が握られていたままだった。
「その拳銃気に入ってるんですか?」
「おい、そんな話はしてないだろ」
男が言った。
「俺に値段をつけてくれって言ってるだろ」
「そう言われましても、人間に値段なんてつけられませんよ」
「そんな事言わないでくれ。頼むよ」
男が言った。
「じゃあせめて俺に価値があるかどうかを教えてくれよ」
「価値?」
「ああ、あんたの判断でいい。あんたにとって、俺は価値がある存在か? それとも価値はないか?」
わたしは考えてみた。
仮に自分がこの男を所有していたとして、そこからが何が得られるかを。
素晴らしい体験をもたらしてくれるか、不便を解消してくれるか、
心を癒やしてくれるか、空腹を満たしてくれるか、
諸々の状況を想定した上で結論を出し、わたしは言った。
「ないですね」
男は泣き出した。
「俺が何したって言うんだよ!」
男はわんわん声を出して泣き続けた。
わたしは窓から外の景色を見た。いつの間にか大雨が降っていて、干されていた洗濯物に無数の雨粒が直撃を続けていた。
わたしは洗濯物を取り込みいっていいかと男に許可を取るべきかどうか悩んでいた。
鉄鍋の中で沸騰した水が、ゴポゴポと音を立てるのが聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます