98日目 『ルアーフィッシング』


 ある日、わたしが釣具店を回っていると、このようなポップを見つける。


 “遂に発売! 本物そっくりの全自動電動ルアー”


 わたしはポップの下に陳列されいるパッケージを手に取る。


 パッケージの裏面には以下のような説明が記されている。


『本物の魚そっくりの外観と動作を備えた、完全自動型電動ルアー。

 実物の魚の動きのパターンを模倣したプログラムが組み込まれており、

 ターゲットへ強烈なアピールを仕掛け、食いつかせたら決して逃しません』


 少し前に釣りを始めたものの、なかなか釣果の上がらなかったわたしは、一つこれを試してみようと思い、購入する。






                ◆◇◆




 帰宅後、わたしは早速パッケージを開けてルアーの具合を見聞する。


 その外観は驚くほど作り込まれている。


 鱗の一枚一枚までに手が加えられており、リアルな質感が感じられる。


 これで更に動きも加わるなら、捕食魚へのアピールは相当なものだろう。


 わたしは早速、明日にでも釣りに行こうと考え始める。


 そこで、ルアーが言う。


 ――あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば。


 はい? わたしは言う。どうかされました?


 ――水、水。


 ルアーは言う。水に入れてください。早く。


 水? わたしは言う。なんでまたそんなことを?


 ――なんでって見りゃわかるでしょ。


 ルアーは言う。


 ――ぼく、魚なんですよ?





                ◆◇◆



 それからわたしは、ルアーを手に乗せて台所まで運び、手近にあったサラダボウルに水を貯めて、そこにルアーを入れる。


 ――ふぅ、危ないところだった。


 水に入ったルアーは、サラダボウルの中をゆらゆらと泳ぎだす。


 ――勘弁してくださいよ、もう。死ぬかと思ったじゃないですか。


 ええと。わたしは言う。あなたの場合、死にはしないんじゃないかと思いますが。


 ――はあ? 何言ってるんですか。


 ルアーは言う。魚が水から出て、生きていけるわけがないでしょうが。


 わたしは言う。いやまあ、魚だったらそうなんでしょうけど。


 ――魚だったら?


 ルアーが抗議するかのようにバシャバシャと水面で飛沫を立てる。


 ――魚だったらって何です? ぼくが魚じゃない生き物に見えるっていうんですか!? 魚以外の何に見えるっていうんですか!? 蛇と蛙とかに見えるとでも!?


 ――ええと。わたしは言う。いや、もちろん魚以外の生き物には見えないんですけど。


 ――そりゃあそうでしょう。ルアーは言う。魚ですのでね。


 わたしが、次に言うべき言葉に悩んでいると、ルアーが言う。


 ――ところで、水槽はいつごろ用意してもらえます?


 ――水槽? わたしは言う。何の話です?


 ――何って、決まってるじゃないですか。


 ルアーが言う。


 ――ぼくが住む水槽の話ですよ。まさかこんなサラダボウルの中で飼うつもりなんですか? ちゃんとした水槽に入れてくださいよ。ライト付きの水槽に。ああ、もちろん水草も忘れずに入れてくださいね?





                ◆◇◆



 その後。


 わたしが外出から帰宅すると、玄関先の水槽から声が掛かる。


 ――おかえりなさい。随分と遅かったですね。


 靴を脱ぎながらわたしは言う。ええ、ちょっと用事が立て込んでしまいまして。


 ――それはお疲れさまです。ところで帰宅早々で悪いんですが……


 ええ、わかってますよ。わたしは言う。


 わたしは水槽の傍らに置かれた人工プランクトンの袋を手に取る。


 付属のスプーンで中身を掬い、水槽の中に注ぎ入れる。


 ――どうもどうも。いやあ、もうすっかりお腹空いちゃって。


 水の中を漂うプランクトンに勢いよく食いつくその姿を見て、わたしは思う。


 ――やはり何度見ても、餌が口の中に入っているようには見えないのだが……

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