14日目 『黒い立方体』
それについて、現時点で判明している情報を以下にまとめる。
まず、外観について。
色は全体が黒。形状は立方体。
大きさは炊飯器と電子レンジの中間といったあたり。
表面の質感は滑らかで、軽い光沢がある。
立方体の一面にはボタンが4つ、一列に並べられている。
ボタンにはそれぞれ左から『○』『×』『△』『□』のマークが刻印されている。
外観についてのまとめは以上。
次に、機能について。
不明。
機能についてのまとめは以上。
◆◇◆
ある日、自宅に覚えのない荷物が送られてきた。
差出人はとある出版社の名義で、その末尾に『懸賞係』という記載がある。
ああ、そういえば、とわたしは思った。以前に一時期、目についた雑誌の懸賞を端から応募することに挑んでいた時期があったことを思い出した。確か今から7~8ヶ月くらい前だ。結局モチベーションが続かなくてすぐ辞めてしまったのだが、その中の一つに、どうやら当選できたのだろう。
わたしは送られてきたダンボール箱を開封した。
中に入っていたのが“それ”だった。
4つのボタンがついた、黒色の立方体。
一体これが何という名前の、何に使う品なのか、わたしには全くわからなかった。
外国製の品らしく、パッケージに書いてある文字は、わたしの知らない言語だった。パッケージ内には小さな冊子も封入されていたが、やはり何が書いてあるのかはわからなかった。
わたしはもう一度それの全体を隈なく検分してみた。
コンセントや電池を挿入するような箇所はない。恐らく電子機器ではないのだろう。
使われている材質は硬度があり、持ち上げるとそれなりの重量感がある。
プラスチック製ではない。何らかの金属で出来ているのだろうか。
表面を叩いてみると、内部で音が反響しているようなひびきがある。一定の大きさの空間が内部にあることが推測される。
わたしは『○』のボタンを押した。
反応、なし。
『×』『△』『□』のボタンも押したが、同様に反応なし。
わたしは、ボタンを押す順番によって何かが作動するのではないかと仮説を立て、順列組み合わせの一覧表を紙面上に作成し、それに沿って各パターンごとの反応を確かめた。
ボタン2回押し(重複含む)の組み合わせ16パターン、反応なし。
ボタン3回押し(重複含む)の組み合わせ64パターン、反応なし。
ボタン4回押し(重複含む)の組み合わせ256パターン、反応なし。
ボタン5回押し(重複含む)の組み合わせ1024パターン、反応なし。
そしてボタン6回押し(重複含む)の組み合わせ4096パターンを半分ほど消化したあたりで、時刻が深夜0時を回っていることに気づき、その日は就寝した。
◆◇◆
それから数日間に渡り、わたしは様々な方法で、その黒い立方体の正体と使い道を探った。
ボタンについては8回押し(重複含む)の65536パターンまで全て試行したが、反応は一切なかった。
その後は別角度からアプローチしたほうが良いと考え、様々な種類の液体に浸したり、土中に埋めたり、熱したり冷ましたり、各種の電磁波を照射したりなどしたが、どれも芳しい結果は得られなかった。
そうしているうちに、わたしも段々とその黒い立方体への関心を失い、それは居間の片隅に放置されるようになった。
それからしばらく経ったある日の夜。
寝室で横になっていたわたしは、何らかの物音を察知して意識を覚醒させた。
足音だった。
居間のあたりから発せられている。
「アニキ、大丈夫なんスか? そんな音立てて」
知らない男の声が聞こえた。
「心配すんなって。ここに住んでるやつは医者からかなりキツイ睡眠薬処方されてるって情報屋から聴いてんだ」
そしてまた別の、知らない男の声が聞こえた。
「でもこの家、金目のものが全然ありやせんね」
「馬鹿だなお前、金庫を探すんだよ金庫を」
「金庫、金庫……あ、これじゃあないっスか?」
「え、これか?」
「他にそれっぽいものないっスよ」
「こんな金庫初めて見たぞ」
「開けられないんスか?」
「馬っ鹿お前、俺に開けられない金庫なんてあるわけねえだろ」
わたしはベッドから起き上がった。
そのとき、床板が軋み、『パキッ』という乾いた音が鳴った。
「……! アニキ、今」
「やべえ、早くずらかるぞ。お前それ担いで走れ!」
それからバタバタという騒々しい足音が家中に響き渡り、それが段々と遠のいていった。
わたしは寝室の窓から外を見た。
極端に小柄な人影と、極端に大柄な人影が、並んでどこかに走り去っていくのが彼方に見えた。
◆◇◆
それから警察がやってきて、様々なことをわたしに質問した。
侵入者の顔、背格好、服装、聞いた会話の内容、逃走していった方向、それらを認識した時間帯、そういったことを。
そして最後にこう質問された。
「何か盗まれたものはありますか」
「はい。一つあります」とわたしは言った。
「それは何ですか?」
「ええ」わたしは言った「わたしもそれが知りたいんです」
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