40日目 『罪の在処』


 たまたま流しっぱなしになっていたテレビで、たまたま目撃した番組が、たまたま非常に面白くてのめり込んでしまう、といったことが過去に何度かあった。


つみ在処ありか』もそうした中の一つだ。


 夕食中に流し見していたテレビで偶然流れ出した番組だった。最初は上の空で鑑賞していたが、すぐに話しにのめり込み、途中からは食事を口に運ぶ手すら無意識のうちに停止していたほどにのめり込んでいた。


 第一話のストーリーは、簡単に言えば一人の少年がクラスメイトを殺害してしまう、という内容だった。

 主人公はいわゆる不良少年と言った造形のキャラクターで、放任主義の両親から満足に愛情を受けられなかったことからグレてしまったことが序盤の短いシーンで感じられるようになっている。それと並行して被害者側のクラスメイトについての描写が入る。こちらは主人公とは違い優等生なのだが、両親の過干渉によって幾らか考え方に偏った部分があり、融通がきかない頑迷な性格で、どこか他人を見下すような人物に育っていることが伺える作りになっている。ストーリーの後半、主人公が放課後に校舎裏でタバコを吸っているところにたまたまそのクラスメイトが通りかかる。クラスメイトは主人公を注意するのだが、その態度の中に自分への嘲りを感じ、頭に血が上った主人公はクラスメイトに殴り掛かり、そのまま勢いで命を奪ってしまう。その後、駆けつけた教師陣に主人公は取り押さえられ、主人公と殺害されたクラスメイトの親元に連絡が入り、それぞれがぞれぞれの反応を示したところで第一話は終了した。


 恐らくこれは、少年犯罪を主題としたドラマのだろう。第一話を見終わった後、わたしはそう思った。主人公の年齢設定は刑法が適用される年齢ではない。当時、現実でも同年代の少年による殺人事件が起きており、罪に問えないことが社会で物議を醸していた頃だった。そのあたりの事情を踏まえて、社会に問題提起していく意図が込められていることは容易に想像できた。加害者少年と被害者と双方の両親が重要な人物として前景に配置されているのも興味があった。我が子が犯罪加害者となった親、逆に子が犯罪被害者となった親が、その後に直面する苦難や苦悩、そういった部分についても濃密に描こうという意図はラストシーンの数分ほどから否応なく感じられた。こういったシリアスな社会問題を取り扱った作品は昨今のテレビではあまり見られない。注目に値する価値が有ると思った。一つ気になった点としては、主人公がクラスメイトを殺害するシーンが異様なリアリティを持って生々しく描かれており、夕食時の時間帯に流すのは、些か不適切なようにも思えたが、作品のクオリティや志を加味すれば些細な問題だと言えた。






                 ◆◇◆





 その翌週、同曜日の同時刻。


 わたしはテレビの前で『罪の在処』第二話の放送に備えて待機していた。

 普段より早めに夕食を済ませ、万全の状態で放送時間を迎えるようスケジューリングを行った。


 そして、テレビ画面がCMから切り替わった。



『番組からのお知らせ』



 最初に表示されたのは、無機質な字体で並べられたその表示だった。



『先週放送致しました、第一話の内容に関しまして、視聴者の皆様から多数のご意見を頂戴致しました』



 雰囲気としては何らかの謝罪の意を表明しているように感じられた。

 やはり、殺人シーンの生々しさに苦言を呈する人が少なからずいたのだろうかとわたしは思った。



『皆様からのご意見を鑑みまして、本作品中で、

 “未成年の喫煙シーン”を挿入したことについて、深くお詫びを申し上げます。

 この件を踏まえまして、作品全体のストーリーについて調整を図り、

 改めて内容を撮り直すことが決定致しました。

 そのため、本日放送予定だった第二話につきましては

 放送を中止させていただきます』



 その後、テレビの画面にはどこかの運河を走るボートの映像が60分間流れ続けた。








                 ◆◇◆





 その翌週、同曜日の同時刻。


 わたしはテレビの前で、先週放送されなかった『罪の在処』第二話の放送に備えて待機していた。

 果たして本当に放送されるのか些か不安だったが、その日は無事に規定の時間からドラマが流れ出した。


 第二話の内容は、全体としては、わたしが一話視聴後に予想していた展開と大枠では近いものだった。

 主人公が、自分が犯した罪の大きさを自覚して葛藤するシーンは十分な尺と迫力を伴って描写されていたし、主人公の両親の中に生じた罪悪感や苦悩についても、説得力のある演出で表現されていた。特に、罪を犯したものに対する周囲からの白眼視的な反応の描写には特に力が感じられた。両親が近隣住民からバッシングを受け、職場からも圧力がかけられ職を失うことになるシーンなどは、見事な悲壮感を持って描かれていた。


 ただ、それらは全部、主人公が“未成年にも関わらず喫煙をした罪”に対する報いとして描かれていた。

 両親の罪悪感や苦悩も、“未成年にも関わらず喫煙をするような子に育ててしまった”という一点にフォーカスされており、周辺人物の糾弾もその一点についてのみ行われていた。



 殺害されたクラスメイトについては、ワンカットだけ葬儀のシーンが入り、以降は一切触れられることがなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る